【8/16~8/20限定公開】②一目惚れした高嶺の花から、彼氏役を頼まれました 2
『分かってる。でも……俺は、兄さんに頼らなくても、自分のやり方で解決できるって証明したいんだよ』
陸翔の口調は穏やかだったが、その声からは確固たる意志が伝わってきた。
自ら立ち上げたプロジェクトを、責任者として守りたいのだろう。
(それなら、オレは……陸翔さんの望むやり方で、力になろう)
自然と、そう決意した。
すると、陸翔が続けて言う。
『それで、彼女が自分から諦めてくれるように、結婚を前提に付き合ってる彼氏を紹介しようと思ったんだ』
「結婚前提!?」
予想外の言葉に声が裏返った。
「いや、あの、陸翔さん?」
『なに?』
「理屈は分かりますが、私を彼氏役にしたところで、効果がありますか!?」
『大丈夫。トラさんは所作もきれいだし、周囲のこともよく見てる。ああいう場所で隣を任せても、安心できると思ったんだ』
「それは、光栄ですが……いや、しかしですね」
無愛想でお世辞一つ言えず、しょっちゅう女性や子供に怯えられる。
そんな虎之介が、陸翔の彼氏なんて、とんでもなかった。
なのに陸翔は、楽しそうに声を弾ませる。
『心配しないで。トラさんは、俺のタイプだしね』
「っ……!?」
突然そんなことを言われ、息が詰まる。
『だから当日は、この前のスーツで来て。指輪も忘れないでね?』
「……分かりました」
『あ、ごめん。宅配が来たから切るね』
陸翔はそう言うと、一方的に通話を切る。
虎之介はスマホを耳に当てたまま、しばらく動けなかった。
「お、オレが、陸翔さんのタイプで……結婚前提で付き合ってる、彼氏……?」
口に出した途端、一気に顔が熱くなる。
(いや、そういう設定ってだけだろ!? 浮かれるな、オレ!!)
+ + +
それから虎之介は、自分なりに情報を集めた。
橋川ホテルグループの公式サイトを調べると、宣伝部長として陸翔の名前が載っていた。よく見れば、ホテルのパンフレットやCMにも陸翔の姿がある。
(全然気づかなかった……あれは陸翔さんだったのか)
広告ではスーツ姿だったせいか、先日の私服姿とは結びつかなかったのだ。
西音寺グループの情報では、会長が一人娘を溺愛しているという記事を見つけた。陸翔が強く断れない事情も、そのあたりにあるのだろう。公表されている情報にすべて目を通し、当日は何を聞かれても受け答えできるように頭に詰め込んだ。
そして日曜日。
虎之介はダークスーツにペアリングを着け、十五時きっかりに橋川グランドホテル東京を訪れた。
主催者控室へ案内され、再会した陸翔から改めて事情を聞かされる。
「西音寺グループは、今回の開発の土地と資金を握ってる。橋川ホテルが運営を任される予定だけど、正式契約はまだなんだ。だから鞠子さんにも会長にも、強くは出られなくてね」
陸翔は、鞠子と結婚するつもりは一切ないと言った。
それで、結婚前提の彼氏がいることにして、その相手役に虎之介が選ばれたのだ。
「質問されても困らないように、設定を合わせておこうか……共通の知人の紹介で出会って、交際三か月目ね」
「はい」
「で、俺がトラさんに一目惚れして、口説いたってことにしよう」
「はい!?」
「このペアリングは俺が贈ったもので、トラさんは俺の熱意に絆されて交際スタートした。流れとしては嘘じゃないから、トラさんもやりやすいよね?」
「いや、あの、陸翔さん?」
「トラさんの職業は、そのままでいい? 職場は、不動セキュリティサービスって答えても大丈夫?」
「それは構いませんが……その、陸翔さんが私に一目惚れという設定は、無理があるのでは?」
「演技なら俺の方が上手いから。それに、俺が惚れ込んでる方が、鞠子さんも諦めてくれるだろ」
なんとか訂正を試みたものの、陸翔の言うことももっともだ。
「俺は、人前では虎之介って呼ぶね」
「……はい」
名前を呼ばれるだけで、胸が高鳴る。
動揺しないように、平静を装った。
「トラさんは、いつもどおり、陸翔さんでいいよ」
「分かりました」
「でも、恋人らしく呼び捨てにしてくれてもいいけど?」
「そ、それは無理ですッ」
即答すると、陸翔が楽しそうに笑った。
陸翔は主催者側の責任者として、虎之介より先に会場へ入り、開会準備を進めていた。
虎之介が受付を済ませる頃になると、いったん会場を抜け、ロビーまで迎えに来てくれた。鞠子に恋人の存在を印象づけるため、二人で入場することになっている。
会場の扉の前まで来ると、虎之介は陸翔へ左腕を差し出した。
「どうぞ」
陸翔は一瞬目を丸くしたあと、嬉しそうにその腕へ手を添えた。
「虎之介って、こういうこと自然にできるんだね」
「……陸翔さんの彼氏ですから」
そう答えたものの、陸翔を大切に扱いたいという気持ちは本当だ。
二人で会場へ入ったあと、陸翔は開会準備のため、名残惜しそうに虎之介の腕から離れた。
発表会が始まると、虎之介は用意された関係者席から、壇上の陸翔を見守った。
華やかな容姿と柔らかな微笑みで招待客の心を掴み、堂々と新ブランドの構想を説明する。その姿を、虎之介は素直に格好いいと思った。
(陸翔さんは、やはり魅力的だ)
虎之介は陸翔を見守りながら、西音寺鞠子にも注意を払った。




