【8/16~8/20限定公開】②一目惚れした高嶺の花から、彼氏役を頼まれました 1
虎之介は、現在休暇中である。
だが、休暇初日に、とんでもない出会いを果たした。
恋人レンタルサービス(そんなものが存在するとは、虎之介はこの時まで全く知らなかった)でキャストをしている弟の代わりに、待ち合わせ場所へ赴いたところ、この世のものとは思えぬほど麗しい高嶺の花が現れたのだ。
彼の名は陸翔。虎之介より一つ下の、二十九歳。
明るい金髪に琥珀色の瞳を持つ、華やかな美青年だった。洗練された仕草に、柔らかな眼差しと微笑み。
『トラさん』
甘えるような声で呼ばれるたび、心臓が早鐘を打った。
無骨で人付き合いも苦手な虎之介にとって、ただ眺めて憧れるしかない存在。
そのはずだった。
『トラさんに、俺の彼氏役をお願いしたいんだけど、いいかな?』
陸翔からそう頼まれた時は、戸惑いながらも舞い上がっていた。
しかし、マンションに帰宅して一人になると、とんでもないことを引き受けたのではないかと、急に恐ろしくなってくる。
「オレが、陸翔さんの彼氏役……!」
言葉にしてみても、現実味がない。
彼氏役を頼んできたのも、「彼氏がほしかったから」という単純な理由ではないはずだ。
「陸翔さんは、どうみても一般人じゃないしな」
優雅な立ち居振る舞いに、洗練された佇まい。それに「VIPらしい」という弟からの情報を合わせると、どこかの御曹司なのだろうと見当をつける。
交際相手には不自由しなさそうなのに、恋人レンタルサービスを必要とし、わざわざ虎之介のような無骨な男を選んだのだ。
何か特別な事情があるのだろう。
虎之介は、メッセージアプリの画面を開く。陸翔と連絡先を交換していたが、まだ何のメッセージも届いていない。
『また連絡するから』
そう言われたので、ずっと待っている。
休暇中はロードバイクで遠出をしたり、家事をして過ごした。
陸翔から「当日までに慣れておいて」と言われたペアリングも、家事やロードバイクに乗るとき以外は、律儀に毎日着けていた。
最初は違和感しかなく、気がつくと指輪を触って外しそうになる。
「だから、宿題を出されたのか」
地味に苦労しながら、数日過ごした。
そして、水曜日の夜になって、ようやく陸翔から電話がかかってきた。
『もしもし、トラさん?』
「はい!」
柔らかな声に、思わず立ち上がった。
口元が思いきり緩んだが、自分では気づかない。
『日曜日のことなんだけど、十五時に橋川グランドホテル東京に来て。後で詳細送るから』
「分かりました」
指定されたのは、都内で有名な高級ホテルだ。
『十六時から、ホテルブランドのコンセプト発表会と関係者レセプションがあるんだ。トラさんには、俺の彼氏として最初から同伴してほしい』
「はい」
返事をしてから、引っ掛かりを覚えた。
「陸翔さんも、関係者なのですか?」
『うん。実は俺、橋川ホテルグループの宣伝部長で、今回の責任者なんだ』
「え!?」
『ついでに言うと、橋川家の人間でね。兄が社長なんだけど、今回は別件があって出席しないから、安心していいよ』
安心していいと言われても、まったく安心できない。
(待て待て! 陸翔さんは、あの橋川ホテルグループの創業家の人間ってことか!?)
国内でも名の知れた、大手ホテルグループだ。
虎之介も仕事で高級ホテルに出入りすることがあるが、橋川グランドホテル東京は、設備もサービスも申し分のないホテルだ。
(さすが、オレの高嶺の花!)
虎之介は妙なところで高揚し、ますます陸翔への憧れを募らせた。
『今、西音寺グループとベイフロントの再開発を進めていてね。今回の発表会も、そのプロジェクトの一環なんだ』
「なるほど」
『そこで、一つ問題があるんだよ』
「問題ですか?」
『うん。西音寺側のブランド戦略を担当しているのが、会長の一人娘の鞠子さんなんだ。四か月前に会ったばかりなんだけど……結婚を迫られてる』
「は!? 結婚!?」
『そう。「陸翔さんとわたくしなら、家柄も年齢も釣り合いますもの。結婚すれば両家にとっても利益になりますし、この計画もより盤石なものになりますわ」ってね』
陸翔は軽い口調で真似たが、その声には苛立ちがにじんでいた。
「俺は結婚する気がないって、何度も伝えてる。でも、鞠子さんのお父上も乗り気らしくて、先方ではもう縁談が進んでいるような空気になってるんだ」
「いや、仕事と結婚は別でしょう!? 結婚を断ったらプロジェクトから手を引くとか、そういうことなんですか?」
『そこまではっきり言われたわけじゃないけど……これ以上強く拒絶して関係がこじれれば、プロジェクトに影響が出る可能性はある』
虎之介には、仕事を盾に結婚を迫っているようにしか聞こえなかった。
「お兄さんには、このことを話したんですか?」
『いや。鞠子さんが俺に好意を持ってることは知ってるけど、ここまでの話はしてない』
「どうしてですか? 相談するべきでは?」
『このプロジェクトは、俺が発案して、企画段階から育ててきたんだ。責任者として、絶対に成功させたい。だからこそ、すぐに兄さんを頼るんじゃなくて、まずは自分の力で解決したいんだ』
「ですが、結婚を迫るというのは、度が過ぎています」




