エピローグー3
実際、土方勇中尉は、ソ連に対する敵愾心を燃やしていた。
とは言え、どちらかというと別の人に煽られた結果だった。
「聞きましたか。また、インドで宗教対立を巡る衝突があり、死傷者が出たそうです。ソ連や民主独がその背後にいるのは間違いありません。スバス・チャンドラ・ボースは、統一インドでの独立を追い求める余り、逆にインドの統一を阻害しています。本当に嘆かわしいことです」
防須正秀少尉は、連日のように土方中尉に訴えていた。
防須少尉は言うまでもなく、いわゆる中村屋ボース、ラース・ビハーリー・ボースの長男である。
それ故に父の祖国、インドに対する防須少尉の想いは、熱情に近いものがあった。
そのために防須少尉は、インドの現状を周囲に訴えて回り、その想いが土方中尉らまでも揺り動かしていたのである。
もっとも、もし、その光景を、土方中尉の妻の土方千恵子が見たら、
「防須少尉のしていることは、スバス・チャンドラ・ボースのしていることに近いのでは」
と喝破してしまっただろう。
だが、土方中尉は、妻の千恵子のように、いざという時に冷徹にはなれない。
それ故に、防須少尉に煽られてしまっていた。
だが、その一方で。
日本、いや米英仏伊等の連合国も、ソ連や共産中国の統一を崩壊させよう、と様々な方法で、民族、宗教対立を煽っているという情報も、土方中尉の耳には入ってくる。
軍人として、自国のやることは常に正しく、敵国のやることは常に悪い、と半ば思い込むことで、土方中尉は、自分の心の平静を保とう、としているが、それが自己欺瞞であることも半ば分かっていた。
そうしたこともあって。
土方中尉は、千恵子からの最新の手紙に目を何度も通すことが増えていた。
その手紙には、予定通り(?)、長女の和子の弟妹を、千恵子が身ごもったことが書かれていた。
全く、と土方中尉は苦笑いせざるを得ない。
千恵子は、両親の血を色濃く受け継ぎ過ぎではないだろうか。
勿論、今回のことは、半ば千恵子が仕組んで、オギノ式を使って妊娠したのだから、千恵子の両親を持ち出すのは間違っていると言えば、間違っている。
だが。
千恵子の両親、野村雄と篠田りつは、一度の関係で千恵子を身ごもった、と土方中尉は聞いている。
更に、野村雄と村山キクにしても、一度の関係で村山幸恵を身ごもったらしい。
岸総司やアラン・ダヴーにしても、何か月もの関係の果てにということではないらしい。
そして、千恵子自身も、結婚して1月も経たない内に妊娠してしまった。
更に今回も、オギノ式をフル活用して、2日の関係で千恵子は身ごもっている。
全く、と土方中尉は内心で苦笑いするしかなかった。
千恵子の子が自分の子でもあるのは、自分は確信しているので、問題ないのだが。
今度の子に関しては、崇徳上皇のように、叔父子の噂が日本では流れるのではないだろうか?
何しろ、夫は欧州に出征中、妻は義祖父と同居中に、妻が妊娠したのだ。
妻のお腹の子の父が、義祖父である、という噂が流れる気がしてならない。
もっとも。
それが、噂になるだけで、新聞沙汰にならないことも、土方中尉は半ば確信していた。
それは別に検閲、報道規制によって新聞沙汰にならない、ということではない。
少し調べれば、妻が義祖父の公設秘書として、欧州に赴き、その際に夫と同衾して妊娠した、というのがすぐに判明する。
それなのに、妻のお腹の子は、叔父子だという新聞記事を載せるのは、幾ら無責任をもって鳴る新聞記者でも、無理があった。
それこそ、義祖父が表立って抗議し、下手をすると米内光政首相等まで裏から使い、その新聞社を潰すのではないだろうか。
土方中尉は(内心で)肩をすくめるしかなかった。
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