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大胆かつ繊細に

 階段を登り出口の扉に立った時、シャインの動きがピタリと止まった。

 屋敷の周囲から複数の気配を感じた。


「……囲まれてる。なぜだ見つかったにしても対応が早すぎる」


 ――何か魔法的な連絡手段か、トラップを踏んだ可能性がある。


 シャインの深刻な表情を見て後ろの女たちに動揺が走る。

 渋谷心音が口を開く。


「ど、どうすればいいですか?」

「……たった一つだけ秘策がある」

「そ、それはなんですか」


 シャインは黙秘した。俺だけ逃げる。

 後日助けに来るから許して欲しい。シャインはそんな捨て猫を置き去りにするような眼差しを三人に向けた。


「やだぁ」

「捕まったらまた拷問されるっ」


 何かを察した三人がかじりつくようにシャインにすがった。


「俺が一番捕まったらやばいんだって、もし俺の正体がバレたら――……あ」


 シャインは目と口を大きく開いて止まった。閃きが走ったのだ。


「ど、どうしたの」


 固まったシャインに王冠ティアラが不安そうな声を投げ掛ける。


「秘策を思い付いた。ただし失敗したら全滅だ。皆も覚悟を決めてほしい」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


『賊め、隠れているのは分かっているぞ! 出てこい!』


 屋敷の外、甲冑姿の金髪の男ザバックが叫ぶ。王都の治安維持の要、警備兵の隊長である。

 今この場には続々と王都の警備兵が集まっていた。すでに100人以上が取り囲み何重にも包囲網を作っている。


 昔貴族の襲撃事件があって以来、この界隈は厳戒体勢が敷かれていた。そこへ襲撃の報。

 別館の屋敷の扉が開いた。


「賊め、姿を現しおったな!」


 後方の魔法と弓部隊が杖と弓を構えた。


 張りつめた空気の中、入り口から出てきたのは白銀に輝く鎧に深紅のマントを羽織った栗毛色の髪の男。

 神々しいばかりの装備を見せつけるように胸を張っている男は慌てた素振りはなく顔を晒していた。


「我こそは魔王が息子、シャイン・インダークである!」


 周囲を睨み付けながら男が叫ぶ。

 戸惑いを含んだどよめきが起こる。


「これが王国のやり方だというのだな!?」


 シャインは続けて叫んだ。

 意味不明な言動に兵士たちが顔を見合わせる。

 ザバックが一歩進み出た。経験豊富で状況判断力の高いザバックに部下たちの期待の視線が集まった。


「なんの話だ!?」

「それはこちらのセリフだ! 妨害しにきたのではないのか?」


 周囲からざわめきが漏れる。


「だから何の話だ!」

「んん? いやだから――」


 緊張めいたものが感じられないシャインが頭を捻りながらザバックの前に進み出る。顔のよく見える位置で止まった。


「自分は魔王が息子で、ここの貴族に姉と友人が拐われたので助けにきたところだ。あれが姉と友人。ドゥーユーアンダスタン?」


 シャインがリリーナたちを指差しながら説明する。


「お、お――」


 言葉を失うザバックの後ろに白いローブ姿の女性が駆け寄ってきた。


「ザバック様、鑑定したところ、彼は本当に魔王の息子のようです」

「なに!?」


 ザバックは目玉が飛び出んばかりに驚いた。

 身なりから只者ではないことは伺えたが、本当にそうだとしたらこれは自分の権限で対応できる範疇を越えてしまっている、ザバックはそう考えた。



 シャイン一行は厳重に包囲されながら連行された。

 向かう先は王城グランシェル。


「うわぁ……」


 荘厳な純白の巨城を目の当たりにしながら、シャインは魔王城負けたと思った。

 なんという美しい城だろうか。そんなことを考えながら訝しそうに見る警備兵たちをよそに、シャインは目を輝かせた。

 女たちは死刑を待つ囚人のように暗い顔をしている。



「陛下は就寝中である。謁見は明朝行う。それまで休んでいてもらおう」

「分かった」


 広い部屋に通された。ベッドも二台ある、簡易の軟禁部屋だ。当然監視もされているだろう。見えないがそんな気配をシャインは感じた。


 包囲から解かれて安堵した様子の渋谷心音が口を開く。


「シャインさんこれから――」

「心音大丈夫だったか。姉さんも酷いことされてなかったか」


 遮るようにシャインが喋る。


「これから――」

「ああ! なんてことだ。もう少し早く助け出せたらこんな酷いことされなかったのに」


 洞察力の優れた元ギフテッドの二人はこのシャインの演技口調で監視されていることを察した。


「ありがとう。助けに来てくれただけで嬉しいわ」


 心音が言う。


「俺たちに悪い扱いをすれば魔王様が黙っていないはずだ。心配せず休めるうちに休もう」



 ソファーで横になっていたシャインはノックの音で目が覚めた。


「どうぞ」

「失礼します。朝食をお持ちしました」


 メイド服を着た若い女性が二人、鉄製のワゴンを押して入ってきた。

 その声でベッドで寝ていた三人も起きる。


 パン、スープ、紅茶を並べ始めると美味しそうな匂いが部屋に立ちこめる。

 メイドが退出した後、女三人がシャインを見た。


「俺に毒味しろと? こんなとこで毒なんて盛るはずないだろ。魔王国と戦争したいなら別だが」


 シャインが大きめの口調で説明する。席についてパンを取ってかじった。


「あ、美味しい。こっちもうめぇ、オニオンスープだ」


 それを聞いて昨晩から何も食べていない心音と王冠が席に着く。


「うわ〜ふっかふかのパン」

「スープも上品な味ですわ」


 二人が美味しそうに食べ始める。


「あの、これは客人として扱われているということですか?」


 ふと、渋谷心音がシャインに尋ねた。


「いや扱いに困って無難な対応したという感じだな。魔王国も舐められたものだ」


 シャインが大きな声で答える。

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