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侵入

 王都の北東部に入ると賑やかさは鳴りを潜め、静かな高級住宅街が建ち並ぶ。夜もあって人通りは少ない。

 そんな通りを山田鬼斬が思い詰めた顔をして歩いていた。片思いしている渋谷心音のことで頭はいっぱいだった。

 沈黙したまま足早に歩き続けること一時間、鬼斬が四方を高い塀に囲まれた一際豪華な屋敷を見つめる。


「あそこか?」


 突然の声に鬼斬の心臓が跳ね上がる。見ると目立つのを避けるため離れて行動していたはずのシャインが闇の中から浮かび上がるように現れた。


「はいあの屋敷です」

「ちょっと見てくるから待ってて」

「僕も一緒に行きます」

「残念ながら連れてはいけない」


 後ろから見ていた感じ、足手まといにしかならない。シャインはきっぱりと断った。その意図を察しながらも訴えるようにシャインを見る。


「気持ちは分かる。しかし無理なものは無理だ。一緒にいったってすぐに見つかる。それよりここで連絡係として待っていてくれ。何かあったら<テレパシー/思念>を飛ばす。命綱でもある重要な仕事なんだ」


「分かりました。どうか心音を、仲間たちをよろしくお願いします」


 鬼斬が深く頭を下げて言う。


「大船に乗ったつもりでいてくれ。それより鬼斬だ、不審者として捕まったら元も子もない。かといって離れすぎると<テレパシー/思念>の有効圏内から外れてしまう。難しい役目だぞ」


「大丈夫です。これでもプロゲーマーやってましたし、学生時代はよくクラスメイトから『絶使ってる?』って言われたくらい存在感の薄さには自信があります」


「……それは頼もしいな」


 大丈夫かなぁ、頭を捻りながらシャインは屋敷に向かった。


 大言壮語を言ってしまった手前、絶対に失敗はできない。シャインはスキルの選択保留分を一つ使った。


『<サイレントムーヴ>を獲得した』


 地面をトントンと踏むと、まるで音が吸収されたように響かなくなった。


《幻影:装飾》


 シャインはスキルで全身を黒くした。闇と同化する。


 大泥棒のようにアクロバティックに軽やかな身のこなしで屋敷の塀を越え忍び込んでいく。

 音もなく視認も困難。背中を見ていた鬼斬は数秒でシャインを見失った。



 屋敷は本館と小さめの別館があり、シャインは本館の二階の角部屋から侵入し探索することにした。


 シャインは本当は聞かなければいけないことを鬼斬には聞けなかった。女たちも殺されたんじゃないかということ。恐らくはもうこの世にいないだろうとシャインは勝手に思っている。


<アクティブサークル>を駆使しながら調べたが屋敷には女たちはいなかった。


 シャインはもうひとつの別館に移動した。

 別館の扉の鍵は空いていたのでそのまま侵入する。


 中に入ると、すぐ目の前の暖炉から地下に続く階段を発見した。


 ここでシャインの動きが止まる。あまりにも無警戒に思えたからだ。罠を疑った。


 しかし<アクティブサークル>を広げても監視されている様子はない。


 シャインは意を決して階段を降り始めた。

 降りるとすぐに通路があり、その先から人の気配がした。


 覗くと上半身裸の無精髭を生やした40代ぐらいの黒髪の男が、長椅子で葉巻を吸いながらくつろいでいた。


 一見するとただの中年である。しかし贅肉のない鍛え上げられた身体、長年剣のみに生きてきたような達人に似た空気を纏っていた。

 とてつもなく強い、シャインはそう感じた。


 嫌な感じはこの男と、もうひとつ奥の扉の向こうから伝わってくる。

 というより具体的に女の悲鳴やうめき声が聞こえるのだ。


《ダークネスキングダム》


 突如、通路が暗くなる。シャインは無精髭の男に走り込んだ。

 男の口を押さえながら、オリハルコンダガーを胸に数度突き刺す。


 数瞬の出来事。この暗闇の中、無精髭の男は脇にあった剣の柄を握ったところまでいったが息絶えた。


 ――すまない。

 俺の勘違いだったら<フェイク・リザレション>で復活させる。


 亡骸を一瞥し、奥の扉のノブに手をかける。


「おらーっ、最初の勢いはどうした。五回死んだくらいで音をあげるなっ」

「も……許してぇ。何でも言うこと聞きますから――ぐえっ」

「ぐ……ぐ……も」

「アハハハハ」


 中から男の嘲笑う声と、女の阿鼻叫喚が聞こえる。

 シャインはゆっくりと鉄の扉を開き<アクティブサークル>を広げた。


 ロープで首を吊られ、白目を剥いて舌を突き出し今にも死にそうな裸の北条王冠と、天井を支点にしたロープを引っ張ってそれを楽しそうに見ている上半身裸の茶髪の男。


 もう一つのベッドの上では、裸体の女が革袋を被され、苦しそうに呻いている。身体中、みみず腫の痕がある。

 それを愉悦の表情で見ている青年。手には束状の鞭を持っていた。顔は見えないが渋谷心音だとシャインには見えた。


「やめろ!」


 シャインは思わず叫んだ。二人の男が振り返る。

 茶髪ロン毛をオールバックにした男がロープを離すと、首を吊られていた北条王冠がどさっと倒れた。

 血色の良かった面影はなく北条王冠の顔は憔悴しきっていた。ただ奥歯を鳴らして震えている。


「誰だ!?」


 シャインが静かに室内に入った。王冠ティアラたちに対して仲間意識はない。だからといって拷問を見て楽しむ性分はしていない。


「何者だ! ザナドゥは何をしておる」


 部屋にはシャインが見たことあるような拷問器具から、見たことない拷問器具だろうものまで散乱していた。


「ひどいことしやがる」


 男二人を睨み付ける。その様子で二人が悟った。


「ほう、この女どもの連れのようだな。どちらかの恋人かな?」

「それは面白い。こいつを芋虫にして女たちの末路を見せつけてやろう」

「イグニ様、それはいいアイデアですな」


 茶髪ロン毛と金髪の目つきの悪い青年が悪い笑みを浮かべた。


 茶髪が剣を取る、若い方はニヤニヤしながら傍観するつもりだ。

 茶髪貴族が意外に素早くシャインに向かって跳躍した。


「愚か者が! 選ばし者の力を見るがいい!《流星剣》」


 王族の極一部に継承される三大継承技の一つ、最上位魔法<メテオ>と<重力剣>を組み合わせた豪剣がシャインを襲う。

 シャインはそれを直前で半歩引いて避けた。剣が床にぶつかり轟音とともに陥没する。


「はれ――」

「凄そうな技だけど、当たらなければ意味がないな」


 シャインはオリハルコンダガーを勢いよく男の首筋に滑り込ませた。一撃で男の頭部が吹き飛び壁に当たる。


 物体と化した男の体を掴み、アイテムボックスに仕舞おうとする。


「んん?」


 シャインは困惑の声をあげた。死体がアイテムボックスに入らない。

 生物は入らない、細胞レベルで生きているからだろうか。しかしそれならヨーグルトなどが入った理由が分からない。疑問がシャインの中で噴出する。


「――バカな」


 イグニと呼ばれていた青年が驚愕で目を開かせて言う。


 シャインがその青年に目を向けた。悪いが死んでもらうとでも言うようにダガーを構える。


 それまでクールだった青年が阿修羅のように表情を変えた。


「ニコラウスを倒したぐらいで調子に乗るなよ。私は王家の直系イグニ・ド・マクシミリアン。継承スキルも2つ頂いておる。これの意味が分かるか? 今、命乞いをするなら命だけは助けてやらんでもないぞ」


「それはこちらのセリフだ、今土下座して謝れば助けてやらんでもないぞ」


 シャインの挑発に逆にイグニは冷静になった。

 こいつはよそ者だ、でなければこの反応はありえない。

 イグニは内心ほくそ笑んだ。なら楽勝だと。


「絶対に後悔させてやるぞ! 死ぬより辛い苦痛を永久に味わわせてやる!」

「はいはい」


 イグニが顔を真っ赤にして剣を取った。すかさず王族だけに継承される三大秘奥技の一つを使った。


「《停滞》」


 イグニが並々ならぬ自信をもって発動した魔法。

 シャインの感覚はそこまで危機感を伝えてこなかった。そのせいでカウンターを使用するか迷った。その一瞬のうちに秘術は発動する。


 シャインが瞬きもせず凍りついたように動かなくなった。数秒間、一定範囲内の生物を全て停止させる魔法だ。


「ははは、死ね!《流星剣》」


 イグニが止まったシャインに大上段から剣を降り下ろす。


 その時シャインがずるりと横に動いた。イグニの攻撃はシャインの横の地面を叩いた。轟音とともに床が割れ陥没する。


「「な!?」」


 シャインとイグニ、二人の驚きを含んだ声が重なる。


 シャインは冷や汗を流した。身体が固まる恐怖。動けたのは恐らく<アンチェイン>のお陰だろう。


「ば、バカな。う、動けるなどありえない――」


 イグニの狼狽する姿を見て、シャインは冷静さを取り戻す。

 そしてこれは野放しにはできない能力だと判断した。


「……あ――」


 相手の強烈な殺気を感じとりイグニが怯えた。


「か、金をや――」


《ソウルブレイク》


 ズブリと刺さったオリハルコンダガーがイグニの胸を突き抜ける。

 大量に吐血したあと、イグニの目から光が消えた。


『ヘコー、ヘコー』


 呼吸のたびにベコベコしている渋谷心音の革袋を外すと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔が出てきた。


「がはっ、はっ、はあっ」

「大丈夫か、これを着て」


 心音と王冠にローブを投げた。

 毒を喰らわば皿まで、他に監禁されている者はいないか、踵を返して他の部屋を探しに行く。


「ま、待ってください」

「ん?」

「私たちも連れてって下さい」


 王冠が叫ぶ。


「そのつもりだ。すぐに脱出するからついてきて」


 北条王冠がシャインの背中に張りつくように付いてくる。

 別の部屋に入ると、うつ伏せに裸の女が倒れていた。まるで飽きた玩具のように放置されたピンク髪の女は、


【リリーナ・ニコラウス】


 ――げ。


 リリーナは死んだ魚のような目で振り向きシャインを見た。


「シャイン?」


 蚊の鳴くような声で呟いた。リリーナの目に急速に光が戻る。


「シャイン!? シャイン! 助けて!」


 這いながらシャインの足にしがみついてきた。


「助けてよ!」

「えぇ……」


 シャインが戸惑う。


「お願いよ、私が悪かったからここから出して。もう二度と逆らわないからお願いよ」

「分かったから静かに、他の奴らに見つかるだろ」

「ぅ――」


 見つかると聞き、リリーナが恐怖で顔をひきつらせた。



 ――あー、もう動きにくい。


 シャインは振り返って背中にしがみつく北条王冠とリリーナを見た。


「転ばないようにな」

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