彼氏なんていない
『それでは、大会についての確認事項をお伝えいたしますわーっ!』
ビッグバンマドンナは、ホログラムの向こうで大げさに腕を広げた。
『開催日は2週間後! 当日の朝、あなたのもとへ迎えの者を向かわせますわ!』
「……迎え?」
『ええ! 会場は、わたくしがこの大会のためだけに用意した特設スタジアム! さらに、とーっても面白い特別ルールもご用意しておりますの!』
「……ふーん。わざわざ自分で伝えにくるって……暇なの?」
LINE使ってメッセージで確認を取ればいい。
そうでなくても親衛隊なんて、変な連中を従えているのだ。
そいつらを使えば、ビッグバンマドンナ本人がわざわざ来る必要なんてないのだ。
『暇でございますわ! そうです! わたくしビッグバンマドンナは! 暇で! 暇で! 仕方ないのですわあああああああ――っ!』
いちいちテンションが高い。
あたしはため息を吐いた。
『だからそこ、暇つぶしの大会は! 全力で行うのです! 参加者はわたくしが吟味させていただきます!くれぐれも遅刻などなさらないように! それから、当日の衣装についてですが――』
ビッグバンマドンナが何か喋り続けている。
だけど、ほとんど頭に入ってこない。
今日は色々ありすぎた。
眠気で頭がくらくらして、気を抜けば立ったままでも眠れそうだ。
『――ところで、カレンさん!』
「……なに?」
『あなた、彼氏はいらっしゃいますの?』
「……はあ?」
予想もしなかった質問に、眠気が少しだけ吹き飛んだ。
「あんたに関係ないでしょ」
『大ありでございますわ! ご自覚なさいませ!』
ビッグバンマドンナが、画面越しに人差し指を突きつけてくる。
『あなたは、ご自身が思っている以上に世間から注目を集めていらっしゃいますの! 大会の様子は、もちろん全世界へ生配信されますわ!』
「……それが?」
『人気選手に突然、恋人の存在が発覚すれば、面倒な騒ぎが起こるかもしれませんでしょう!? つまらない炎上の火種は、事前に潰しておく必要がございますの!』
「……潰すって」
嫌な言い方だった。
「……もし彼氏がいたら、どうするつもり?」
『もちろん――』
ビッグバンマドンナは、両腕を胸の前で大きく交差させる。
そして、勢いよく左右へ広げた。
『消えていただきますわあああああああっ!』
「…………」
『ギ・ロ・チ・ン! 首と胴体を、きれいに分断! チョッキン、パー! でございますわーっ!』
ホログラムの中で、ビッグバンマドンナが手刀を振り下ろす。
いちいち大げさだ。
「……別に、いないけど」
『それなら、次の確認事項へ――』
ドタドタドタッ!
突然、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
誰かが階段を駆け上がり、こちらへ近づいてくる。
次の瞬間、自室の扉が勢いよく開いた。
「カレン! 大丈夫か!?」
飛び込んできたのは、ハヤトだった。
「お前の部屋から、ものすごい声とプロペラみたいな音が聞こえたぞ!」
『…………』
「…………」
ビッグバンマドンナとハヤトが、しばらく無言で見つめ合う。
「よ、よかった。無事だったんだな」
ハヤトは安心したように胸をなで下ろした。
「おばさんに『夕飯を食べてお風呂も入っていきなさい』って言われたから、リビングでのんびりしてたんだけどさ。急にカレンの叫び声が聞こえて、心配になって――」
そこまで言って、部屋の中央に浮かんでいるホログラムへ顔を向ける。
「って、ビッグバンマドンナかよ! またカレンに迷惑かけてんのか! 夜に女の部屋へドローンで押しかけるとか、非常識にもほどがあるぞ!」
ハヤトは本気で心配していたらしい。
珍しく、息を切らしながら早口でまくし立てている。
そんなハヤトの姿を見て、ビッグバンマドンナの雰囲気が変わった。
仮面で目元は隠れている。
それでも、表情がみるみる険しくなっていくのが分かった。
『……カレンさん』
「……なに?」
『その男は、どなたですの?』
「……幼なじみ」
『なぜ、その幼なじみが夜中にあなたのお家にいらっしゃるのです!?』
「一緒に帰ってきたら、お母さんがハヤトにご飯を食べていけって――」
「そういうことだぜ!」
ハヤトが、なぜか誇らしげに胸を張る。
「そのあと、カレンが入った風呂にオレも入って、残り湯にカレンの温もりを感じながら、ちょっとイケない気持ちに――」
「……はあ……またくだらないことを……」
あたしはため息を吐いていると――。
『ギロチンですわあああああああああああああああああっ!』
ビッグバンマドンナの絶叫と同時に、ドローンの側面が勢いよく開いた。
「な、なんすか!?」
折り畳まれていた金属のパーツが次々と展開されていく。
ガシャッ、ガシャッと音を立てながら連結し、あっという間にドローン本体よりもはるかに長い刃へ変形した。
「……どこに入ってたの、それ」
『問答無用! 大会炎上の火種となる殿方は、首と胴体をお別れさせて差し上げますわーっ!』
「炎上の火種!? なんのことすか!?」
ドローンが刃を振り上げ、ハヤトへ向かって急加速する。
「ハヤト、下がって」
あたしはベッドから飛び降りた。
ハヤトへ刃が届く直前、横からドローンの機体を蹴り上げる。
ガキィンッ!
裸足の裏に、硬い金属の感触と鈍い痛みが走った。
ドローンは大きく軌道を逸らし、そのまま部屋の壁へ叩きつけられる。
ガシャアアアアンッ!
機体が砕け、金属片が床へ散らばった。
「……痛っ」
着地したあたしは、蹴った方の足を少し浮かせる。
「さすがに裸足で鉄を蹴ると痛いか……」
「カレン、大丈夫か!?」
「……あたしより、自分の心配しなよ」
「すまん! オレが不用意なこと言ったせいで!」
「なんでハヤトが謝るのさ……」
さっきまでふざけていたのが嘘みたいに、ハヤトが申し訳なさそうな顔をする。
壊れたドローンは火花を散らし、プロペラも完全に止まっていた。
投影されていたホログラムが乱れ、ビッグバンマドンナの姿が何重にも歪んでいる。
『ふ……ふふ……』
「……なに?」
『ふふふふふふふふ……!』
通信が切れかけているというのに、ビッグバンマドンナは不敵な笑みを浮かべていた。
『素晴らしいですわ、カレンさん!』
「……はあ?」
『マジックギアを装着していない状態で、今の身のこなし! あの一瞬で状況を判断する反応速度! そして、武装ドローンを一撃で破壊する人間離れした脚力!』
ビッグバンマドンナの声が、興奮で次第に大きくなっていく。
『わたくし、とっても――とおおおおおおっても、あなたを気に入りましたわあああああああっ!』
「ビッグバンマドンナ! お前にも分かるか!」
ハヤトが、急に目を輝かせる。
「カレン、めちゃくちゃすごいよな! 昔からマジックギアなしでも――」
「……あんた、どっちの味方なの?」
「もちろんカレンの味方だぜ!」
『決めましたわ!』
ビッグバンマドンナは、歪んだホログラムの中で高らかに宣言する。
『わたくし、カレンさんが欲しくなりましたわ!』
「…………」
今の言葉には、さっきまでとは違う響きがあった。
単に大会で戦いたいというだけではない。
――欲しい。
まるで、あたしを自分の所有物にでもするような――。
『必ず、あなたをわたくしのものに――』
「……面倒くさい」
最後まで聞く気にはなれなかった。
あたしは壁際に転がっていたドローンの残骸をつかむ。
『少々お待ちになって! まだわたくしの話は終わって――』
「もう寝る」
窓を開け、壊れたドローンを夜空へ向かって放り投げた。
『ちょおおおおおおおおおおおっ!?』
ドローンは、弧を描きながら暗闇の中へ飛んでいく。
『カレンさあああああああああん! 最後まで言わせるのですわあああああああああっ!』
遠ざかっていく叫び声を無視して、窓をぴしゃりと閉めた。
『必ず! 絶対に! あなたを手に入れてみせますわああああああああああああっ!』
外から、しつこく声が聞こえてくる。
あたしはカーテンまで閉めると、何事もなかったようにベッドへ戻った。
「カレン。あいつ最後、結構怖いこと言ってなかったか?」
「……さあ? 気のせいじゃない?」
「気のせいって……まあカレンがそういうならいいけどさ」
「……あたし、もう寝るから」
あたしが布団をかぶる。
すると何故かハヤトは手をわきわきとさせて、興奮し始めた。
「カレン! 不安なら一緒に寝ようぜ! なに遠慮することはない! さっき風呂に入ったから匂いは大丈夫だ! 下心はあるけど、手は出さないさ! 多分、きっと……約束はしないけど! けど、不安だよな! だからオレが一緒に寝―――」
やかましいハヤトの襟首を掴むと、ぽいっと部屋から追い出した。




