窓ガラスは割るもの
『そもそも! 本当は、あなたに招待状を渡すつもりなどございませんでしたの!』
「……なら、いらない。返す」
あたしは手に持っていた招待状を、ドローンへ差し出した。
『んまあああああああああッ!?』
スクリーンの向こうで、ビッグバンマドンナが両手を振り上げる。
『わたくしからの贈り物を返却するおつもりですの!? なんたる無礼! 時代が時代なら、即刻ギロチンでございますわよおおおおおっ!』
「いらないって言ったじゃん」
『そういう問題ではございませんわーっ!』
面倒くさい。
欲しくもない物を押しつけておいて、返そうとしたら怒る。
この女の頭の中では、いったいどういう理屈が通っているのだろう。
「カレン、出てみてもいいんじゃないか?」
「……配信者には、ロクな印象がない」
実は、あたしにも配信者の知り合いがいる。
そいつも、なかなか人格に癖があって――ビッグバンマドンナと同じくらい、人の話を聞かない。
配信者という生き物は、全員そうなのだろうか。
「まあ、変わったヤツが多いのは否定しないけどさ」
ハヤトは苦笑してから、スマホの画面をこちらへ向けた。
「でも、大手のマジッカー配信者には強い選手が多いんだぜ」
「……そうなの?」
「実力があれば、それだけ試合も注目される。派手な魔法や強い戦い方ができるヤツほど、動画も伸びやすいからな」
ハヤトが画面を指で滑らせる。
表示されているのは、大会の出場予定者らしい。
チャンネル登録者数、過去の大会成績、得意とする魔法。
知らない名前ばかりだったけど、全国大会出場経験者や、地方大会の優勝者もいる。
「この大会、有名な配信者が何人も出るみたいだぞ。結構、レベル高いんじゃないか?」
「……ふーん」
配信者には興味がない。
注目されたいとも思わないし、動画に映りたいわけでもない。
でも――"強いヤツと戦える"なら、話は別だ。
退屈な試合を繰り返すよりは、少しくらい面倒な大会に出た方がマシかもしれない。
「……分かった」
『おや?』
あたしはハヤトの手から招待状を抜き取ると二つに折り、制服のポケットへ突っ込んだ。
「……いいよ。その大会、参加したげる」
『言質を取りましたわあああああああああっ!』
ビッグバンマドンナが、待っていましたと言わんばかりに立ち上がる。
「……声デカい」
『一度、参加すると口にした以上、逃亡は許しませんわよ! 大会の詳細は、後ほどあなたのLINEへお送りいたします! 隅から隅まで、穴が開くほど確認なさいませーっ!』
今、さらっと聞き捨てならないことを言わなかっただろうか。
「……ちょっと待って。あんた、なんであたしのLINE知ってんの?」
『それでは、愚民マドンナーの皆様!』
ビッグバンマドンナは、あたしの質問を完全に無視して腕を振り上げた。
『本日の任務は終了ですわ! 速やかにお家へ帰りなさーい!』
「だから、なんであたしのLINEを――」
「「「イエッサー! ビッグバンマドンナ様ああああああああっ!」」」
親衛隊員たちが、一斉に敬礼する。
次の瞬間、連中はすさまじい速さで動き始めた。
スクリーンを巻き取り、プロジェクターの電源を抜き、床を這うケーブルまで手際よく回収していく。
設営にはあれだけ時間がかかったのに、片づけは数秒だった。
「待って。まだ話、終わってないんだけど」
「「総員、撤退ー!」」
「「マドンナ様、万歳ー!」」
「「今日もお美しいー!」」
白黒の仮面をつけた集団は、口々に叫びながら体育館の出口へ殺到する。
そして、蜘蛛の子を散らすように姿を消した。
スクリーンも、プロジェクターも、割れた窓に突っ込んできたドローンさえも、きれいさっぱりなくなっている。
体育館に残されたのは、あたしとハヤト。
そして床一面に散らばった、窓ガラスの破片だけだった。
「人の話を聞けえええええええええええええええええええっ!」
思わず、体育館の出口に向かって叫ぶ。
もちろん、返事はなかった。
静まり返った体育館で、ハヤトが目を丸くしている。
「カレンがそんな大声出すの、珍しいな」
「誰のせいだと思ってんの!」
「怒鳴ってるカレンもかわいいぜ!」
「……はあダルい」
「照れるなって!」
「……やっぱり大会、やめようかな」
「えっ!? なんで!?」
その直後、制服のポケットに入れていたスマホが震えた。
取り出して画面を確認する。
【ビッグバンマドンナが、あなたを友だちに追加しました】
「…………」
続けて、メッセージが届く。
【逃げたら地の果てまで追いかけますわよ!】
あたしは無言でスマホの画面をハヤトに見せた。
「行くしかなさそうだな」
「……先に通報した方がよくない?」




