超ロングスリーパー
『総員、速やかに撤退なさいませーっ!』
パトカーのサイレンを聞いた瞬間、ビッグバンマドンナの声色が変わった。
『もし愚民マドンナーの誰かが逮捕でもされたら、わたくしまで炎上してしまいますわ! 面倒事になる前に、全力でお逃げなさーい!』
「自分の心配しかしてない……」
「「「了解しました、ビッグバンマドンナ様ーっ!」」」
号令と同時に、マドンナ親衛隊が一斉に走り出す。
さっきまで家の前を埋め尽くしていた白黒の仮面たちが、蜘蛛の子を散らすように消えていく。
「待って」
「ひぃっ!?」
逃げようとしていた親衛隊員の後ろ襟を、あたしはつかんだ。
「な、なんでしょうか!?」
「……この二人、置いていかないで」
庭を見る。
そこには、気絶したビッグアイとビッグタンが仲良く転がっていた。
「危うく忘れるところだった!」
「……忘れないでくんない?」
「総員! 負傷した同志を回収せよー!」
「「「イエッサー!」」」
数人の親衛隊員が戻ってきて、ビッグアイとビッグタンを担ぎ上げる。
「重いぞ!」
「ビッグタンのよだれが腕についた!」
「そっち頭持ってくれ!」
ばたばたと騒ぎながら、二人も運ばれていった。
『それでは、わたくしも失礼いたしますわ!』
空中に浮かぶビッグバンマドンナが、優雅にスカートの裾をつまむ。
『次にお会いするのは特別大会! 楽しみにしておりますわよ、カレンさん!』
「……はいはい」
『もっと名残惜しそうになさいませーっ!』
「早く帰って」
『その冷たさも最高ですわああああああっ!』
ホログラムが消える。
同時に、空を覆っていた何十機ものドローンが一斉に旋回し、そのまま遠くへ飛び去っていった。
「…………」
静かになった。
ほんの少し前までの騒ぎが嘘みたいだ。
「……嵐みたいな連中」
「実際、嵐の方が静かだったかもな」
「……かもね」
遠くから聞こえてくるサイレンを聞きながら、あたしは大きく欠伸をする。
「ふあぁ……」
「カレン?」
「……ねむ」
急に、まぶたが重くなった。
朝が苦手なのに、今日は6時前から起きて自主練をした。
そのうえ、全国大会クラスだという2人を相手に戦った。
緊張が解けたせいなのか、一気に疲労が押し寄せてくる。
「……やば」
膝から力が抜けた。
「おっと!」
倒れかけた身体を、ハヤトが慌てて支える。
「カレン、大丈夫か!?」
「……ちょっと……眠い……だけ……」
「ちょっとの顔じゃないぞ!」
「……少し……寝る……」
「待て待て待て! カレンが朝から寝るのはまずい!」
「……なんで……」
「一回寝たら起きないからだよ!」
ハヤトがあたしの肩を揺らす。
「カレン! もしもーし! 寝るな! 今寝たら絶対ヤバいやつだから!」
「……すー……すー……」
「もう寝てるーっ!?」
「…………」
「カレン! 起きろ! カレええええええええン!」
その声も、すぐに聞こえなくなった。
◇ ◇ ◇
「……ん」
ゆっくり目を開ける。
見慣れた天井があった。
「…………」
自分の部屋。
ベッドの上。
どうやら、あのまま眠ってしまったらしい。
「……ハヤトが運んでくれたのかな」
身体を起こす。
頭がすっきりしている。
さっきまでの重さが嘘みたいに、身体も軽かった。
「……よく寝た」
いったい何時間くらい寝ていたのだろう。
カーテンを開ける。
外は、まだ朝だった。
「……よかった」
そんなに長く寝ていないらしい。
「これなら、部活行ける」
今日は日曜日。
これから洛咲中へ行って、シンに指導してもらう。
愛那や祐乃とも戦いたい。
大会まで時間もないし、一日だって無駄にしたくなかった。
「……今日は調子いいかも」
睡眠のおかげなのか、頭も冴えている。
あたしはベッドの上に置いていたスマホを手に取った。
時刻を確認する。
【午前6時03分】
「…………?」
首をかしげた。
「……6時?」
おかしい。
あたしが庭で自主練を始めたのが、午前6時ごろだった。
そのあとビッグバンマドンナが来て、ビッグアイたちと戦った。
寝たのは、どう考えても6時よりあと。
なのに――。
「……時間、戻ってる?」
一瞬、本気でそう思った。
「…………」
いや……そんなわけない。
スマホが壊れているのだろうか。
画面を何度かタップする。
そのとき、LINEの通知が目に入った。
愛那からだった。
【カレン。今日は部活来ないの?】
「……?」
何を言っているのだろう。
「今から行くつもりなんだけど……」
返信しようとして、指が止まる。
何かがおかしい。
胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。
「…………まさか」
恐る恐る、スマホの上部を見る。
そこには――。
【月曜日】
「…………」
目を凝らしてもう一度確認する。
【月曜日】
「――は?」
眠気が完全に吹き飛んだ。
「ちょ、ちょっと待って!?」
慌てて日付を開く。
間違いない。
昨日は日曜日。
そして今日は――月曜日。
「うそ……」
6時から6時。
時間が戻ったんじゃない。
丸一日、進んでいる。
「――まさかっ!?」
その瞬間、部屋の扉が開いた。
「お、起きたか。おはよう、カレン」
「ハヤト!」
「うおっ!?」
あたしはベッドから身を乗り出す。
「あたし、どれくらい寝てた!?」
「どれくらいって……」
ハヤトはスマホを取り出し、時間を確認する。
「ざっくり23時間」
「…………」
「いやー、よく寝たな」
「23時間!?」
「うん」
「なんで起こしてくれなかったの!?」
「起こしたよ!」
ハヤトが即座に反論した。
「昼も! 夕方も! 夜も! 何回も!」
「……起きなかった?」
「ぜんっぜん!」
ハヤトは両手を広げる。
「肩揺らしても起きない! 名前呼んでも起きない! おばさんと二人で起こしても起きない!」
「…………」
「途中で息してるか心配になったくらいだぞ!」
「……そんなに?」
「そんなに!」
ハヤトは呆れたようにため息をついたあと、時計を指さした。
「それよりカレン。今日は月曜日だぞ」
「……ん」
「学校あるぞ」
「…………」
「しかも、いつも通りギリギリまで寝るつもりだったから、そろそろ準備しないと――」
あたしは頭を抱えた。
昨日の日曜日。
一日でも多く練習したいと思っていた。
シンのところへ行くつもりだった。
愛那や祐乃とも戦うつもりだった。
なのに――。
「……日曜日、全部寝て潰した……」
「そうなるな」
「……最悪」
あたしは、そのままベッドへ倒れ込んだ。
「寝るなああああああああっ! 学校行くぞ、カレン!」
「……今日は休みたい」
「23時間寝たヤツが何言ってんだーっ!」




