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第六章 最後の色

風が吹いていた。


少女は丘の上に立っている。


隣には青年がいた。


白いうさぎが草原を駆けていく。


空は穏やかだった。


青も。


茜も。


銀色も。


すべてを抱きしめたような空。


少女は微笑む。


幸せだった。


ただ、それだけだった。


その時。


胸元で小さな音が鳴る。


からり。


少女は息を呑んだ。


最後の一粒だった。


砂時計の中に残っていた砂が、

静かに落ちていく。


時間がゆっくりになる。


風の音が遠ざかり、

光が揺れる。


そして…


少女は思い出した。


小さな部屋を。


閉じたカーテンを。


眠れない夜を。


何度も流した涙を。


誰にも言えなかった言葉を。


苦しかった日々を。


孤独だった時間を。


そして…


最後の日を。


思い出してしまった。


私は、

もう生きていない。


不思議だった。


思い出したはずなのに。


怖くなかった。


泣きたくもならなかった。


少女は草原を見渡す。


花が揺れている。


白かった花。


黄色に見えた花。


桜色に染まった花。


空が広がっている。


どこまでも。


夕焼けが残っている。


胸の奥に。


星が瞬いている。


暗闇の中で。


青年が笑っている。


やさしく、

穏やかに。


少女はようやく気付く。


これは、

お別れの旅だったのだと。


終わるための旅。


けれど。


終わるためだけの旅じゃなかった。


神様は知っていたのかもしれない。


少女が見ていた世界が、

あまりにも狭かったことを。


苦しみだけで終わるには、

少し寂しかったことを。


だから見せてくれたのかもしれない。


花の色を。


空の色を。


夕焼けの色を。


星の色を。


恋の色を。


少女は胸に手を当てる。


そこには温もりがあった。


確かにあった。


たとえ消えても、

全てがなくなるわけではない。


夕焼けがそうだったように。


星がそうだったように。


出会った時間は残る。


少女は空を見上げる。


そして小さく笑った。


今までで一番やさしい笑顔だった。


「知らなかったな」


風が吹く。


草が揺れる。


青年が見つめていた。


少女は続ける。


「世界って…

こんなに綺麗だったんだね…」


少しだけ涙が滲む。


その時。


青年が寂しく微笑んだ。


「…もう行くんだね」


何もかも、

知っているようだった。


少女は尋ねた。


「あなたは…誰?」


青年は少し考えて、

答える。


「たぶん君が出会えなかった未来かな」


「…そっか」


少女は微笑み、

静かに目を閉じた。


風が吹き。


草原が揺れる。


ありがとう。


誰に向けた言葉なのかはわからない。


世界かもしれない。


青年かもしれない。


神様かもしれない。


それとも…


自分自身にかもしれない。


胸元を見ると、

砂は全て落ちていた。


けれど。


その中で小さな光が輝いている。


桜色。


空色。


茜色。


銀色。


紅色。


すべての色が混ざり合い、

やがて一つの光になった。


少女はその光に包まれる。


あたたかかった。


春の日差しのように、

やさしかった。


誰かに抱きしめられているように。


そして、

少女は最後に思う。


知ることができて良かった。


たとえ苦しいことがあったとしても。


悲しいことがあったとしても。


私は確かに、

この世界を好きになれたから。


光は静かに空へ昇っていく。


その先には。


朝焼けによく似た、


やさしい色が広がっていた。

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