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夫よ!殺しに行くから待ってろよ!~VRゲーム内にて夫をキルしに行く話~  作者:


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第1話 それは、最高の前夜祭だった

 最新VRゲームの配信を翌日に控えた、ある穏やかな午後。

 とある田舎町のマンションの一室。


 自分はリビングの片隅に設けた自分専用のワークデスクで、液晶画面と向き合っていた。


 仕事は、クラウドソーシングサイトを経由して請け負っているデータ入力や名刺のデジタル化といった事務作業だ。地道で、正確さが求められるこの作業は、人付き合いが苦手な自分の性に合っている。完全出来高制のこの仕事は、やればやるほど成果になるし、逆に言えば、自分がやらないと決めればいつだって手を止めることができる。


 キーボードを叩く規則的なリズムだけが、静まり返った部屋の中で心地よいテンポを刻んでいた。


 よし、これで今日の分のノルマはすべて達成かな。


 最後のデータを納品し、送信完了の文字を見届けてから、自分は椅子の上で大きく背伸びをした。その時、デスクの端に置いていた通知用のタブレットが、聞き慣れない快活な音を立てて光った。


 画面を覗き込んだ瞬間、心臓が跳ねた。公式SNSからの通知。そこには、待ちに待った『エイドス』の配信開始日が、大きく「明日 12:00 START」と記されていたのだ。


「っ……、きたぁぁぁぁ!」


 思わず、誰もいない部屋で叫んでしまった。それからはもう、仕事モードなんてどこへやらだ。


 明日は正午から配信開始。幸い、仕事は完全出来高制だ。誰に気兼ねすることもなく、自分の意志だけで「明日は休み!」と決めてしまえる。明日中にやるはずだった作業を今日のうちにすべて前倒しで終わらせた自分を、心の中で思い切り褒めちぎった。


 それからは部屋の中をそわそわと歩き回り、時計の針が帰宅時間を示すのを今か今かと待ち構えた。そしてついに、待ちに待った玄関のチャイムが鳴る。自分は椅子を蹴るようにして立ち上がり、弾かれたようにドアへと駆け出した。


「ゆうちゃん! ついに、ついにきたよ! あのエイドスが明日正午に配信開始だって!」


「まじか!? っし、明日は元々休み取っておいて正解だったな!」


 ドアを開けるなり、溢れんばかりのテンションで放った自分の言葉に、仕事帰りの夫、勇志ゆうしが疲れを吹き飛ばすような笑顔で応えた。


 外でバリバリと働くゆうちゃんと、家で画面と格闘している自分。性格も生活リズムも正反対の二人だけれど、ゲームという共通言語だけは、自分たち夫婦を誰よりも固く結びつけていた。


 平日だろうが何だろうが関係ない。明日は二人揃って、12時の解禁と同時にダイブできる。


「自分も明日、仕事休みにして空けておいたから!」と告げると、ゆうちゃんは「おっ、やるじゃん! さすが話がわかるな」と私の頭を軽く撫でた。二人で一緒にゲームを楽しみ、共有する。それは自分たちにとって、何物にも代えがたい至福の時間になるはずだった。


「ふっふっふ。まさか生きている間に、フルダイブ・ゲームを遊べる日がくるなんてね」


 自分は少し得意げに胸を張り、デスクの傍らで出番を待つヘルメット型デバイスを見つめた。ゆうちゃんもまた、愛おしそうにその最新鋭機を眺めている。


 その日の晩ご飯は、まるでお祭りの前夜祭だった。


「明日の12時、ピッタリにログインしような。種族とか職業、何種類あるんだろうな。俺はやっぱり、剣を持って最前線でバリバリ戦いたいな」


「キャラメイクだって細かくできるらしいから、本当に楽しみ。誰もが振り返るようなクールな絶世の美女にするか、守ってあげたくなるような愛らしい幼女にするか……。うーん、どっちの系統にしようかなー」


 配信開始の瞬間までは、髪色ひとつ、背の高さひとつ選ぶことすらできない。そのお預け状態が、かえって自分の期待を限界まで膨らませていた。そんな私の様子を見て、ゆうちゃんがニカッと笑う。


「あはは、ゆうならやりかねんな! でも明日はいっぱい冒険するんだけん、早めに決めなんぞ?」


 ゆうちゃんが笑いながら私の皿におかずを乗せてくれる。

 二人で賑やかに夕食を平らげ、食後はいつものオンライン対戦ゲームで軽く指を動かし、明日のための指慣らしをする。けれど、画面を見つめていても、頭の中は明日の12時のことでいっぱいだった。


 お風呂を済ませて布団に入っても、興奮で神経が昂り、なかなか眠気はやってこない。


 明日、12時になったら、リビングで並んでデバイスを被り、「せーの」でログインするんだ。


 まぶたを閉じれば、そこにはまだ見ぬエイドスの広大な草原と、雲一つない青空がどこまでも広がっているような気がした。


 最新VRMMORPG、エイドス。

 明日、自分たちは手を取り合って、その輝かしい世界へと旅立つんだって。


 このときの自分は、まだ知らなかった。


 期待に胸を膨らませ、隣で呑気な寝息を立てているこの夫を。

 まさか数日後、広大な仮想世界の果てで、本気でキルしに行こうと思うなんて。


 今の自分には想像すらできないまま、暗闇の中で、一抹の予感すら持たずに、自分は明日の12時を夢見て眠りについた。

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