聖女ではありません
王城に着いたとき、まず目に入ったのは庭だった。
広い。息を呑むほどに整えられた空間。
色とりどりの花が、季節を忘れたかのように咲き誇っている。風が吹くたび、柔らかな香りが揺れた。
その中心に、白いテーブル。
二つの人影があった。
ひとりは――アルファード・アルディオン。
静かに座り、こちらをまっすぐ見ている。
そしてもうひとり。
ルミエラ・ヴァルグレイス。
柔らかな微笑み。だが――どこか、薄い。
ノエルは一歩前に出る。
背筋を伸ばし、完璧な角度で一礼した。
「この度は、お招きいただきありがとうございます」
淀みない声。作り上げられた令嬢の姿。
「お姉様ー」
ぱっと顔を輝かせるルミエラ。
「ずっと、こうしてお話してみたかったんです」
その言葉に、ノエルは一瞬だけ目を細めた。
だがすぐに、穏やかな笑みに戻る。
「ありがとうございます」
優雅に微笑む。
「わたくしもですわ」
当たり障りのない言葉が、静かに交わされる。
紅茶が注がれる。
カップが触れ合う音だけが、やけに大きく響いた。
風が、少しだけ止まる。
その沈黙を。
ルミエラが、ゆっくりと吸い込んだ。
「お姉様」
声の温度が、ほんのわずかに変わる。
指先が、カップの縁をなぞる。
白い指が、ほんのわずかに震えていた。
「わたくしは……この前の戦いで」
一瞬だけ、視線が落ちる。
――あの森。
黒い空気。歪んだ光。
焼けるように広がった“何か”。
「聖女の光の中に、魔素を取り込んでしまいました」
一拍。
ノエルの指が、止まる。
「……取り込んだ、というより」
ルミエラは、小さく首を振った。
「混じったのです」
静かに。
言い切る。
「わたくしの光ではないものが……確かに、そこにありました」
その声に、迷いはなかった。
「正直に申し上げます」
ルミエラは、まっすぐにノエルを見た。
逃げない視線。
「わたくしは――聖女ではありません」
風が、止まる。
花の香りだけが、場に残った。
「……え?」
ノエルの声が、わずかに遅れて落ちる。
それは、問いではなかった。
ただ。
理解が追いつかないまま、零れた音だった。




