未来を、植えました
ノエルが、手をかざした。
ふわり、と。淡い緑の光が、大地を撫でる。
ざわり、と土が動いた。固く閉じていた地面が、ゆっくりとほぐれていく。ひび割れていた大地は、柔らかく。まるで――長い眠りから目を覚ましたかのように。
その様子を、村の人々は少し離れた場所から眺めていた。
「……何してるんだ、あの子は」
「さぁな……」
最初は、ただの興味だった。だが。
使用人の一人が、静かに口を開く。
「――あの子たちは、畑を作ろうとしています」
空気が、変わった。
「畑……?」
「水が出たあの場所を使って、作物を育てるつもりだそうです」
ざわめきが広がる。
「……そんなこと、できるのか」
「この土地で……?」
疑いと、わずかな希望。
その中で、誰かが小さく呟いた。
「……じゃがいもなら、ある」
沈黙。
そして、一人、また一人と家の奥へと戻っていく。
しばらくして、それぞれの手に小さな袋や籠を抱えて戻ってきた。中には――じゃがいも。
決して多くはない。むしろ、これを出せば数日分の食事が減る量だった。
一人の男が、手の中の芋を見つめる。ほんの一瞬だけ、手が止まった。
それでも――差し出した。
「……持ってけ」
ぶっきらぼうな声。
「全部じゃねぇけどな」
別の者が、苦笑する。
「失敗すんなよ」
それは、命を預ける言葉だった。
ノエルは、その光景を見つめる。胸の奥が、強く締めつけられる。
「……ありがとう、ございます」
深く、頭を下げた。
その隣で、ガランが静かに前へ出る。
「では、始めましょう」
その声に、場の空気が引き締まる。
「じゃがいもは、そのまま植えるのではありません」
手に取る。
「半分に切ってください」
周囲がざわつく。
「……切るのか?」
「はい」
ガランは頷いた。
「芽がある位置で切り分けてください。そして――二日ほど乾かします」
「乾かす……?」
「腐敗を防ぐためです」
淡々と、だが確実に、言葉が積み重なっていく。
「乾いたら、芽を上にして植える。一つ一つは小さくなるかもしれませんが――収穫量は、増えます」
その説明に、誰ももう疑わなかった。
ノエルが耕した土へ、人々が集まっていく。
包丁で、じゃがいもを切る音。並べて、乾かす。
そして、一つ一つ、丁寧に土へと埋めていく。
子供も。大人も。使用人も。
誰もが、同じ作業をしていた。
「こうか?」
「もう少し浅くです」
「これでいい?」
「えぇ、そのままで」
ガランの指示が飛ぶ。その姿は――まるで、ずっと昔から農を知る者のようだった。
「……詳しいな」
誰かが言う。
ガランは、ほんのわずかに目を細めた。
「実家が、農家でしたので」
その言葉に、小さな笑いが起きた。
やがて、すべてのじゃがいもが土の中に収まる。
誰もが、手を止めた。
目の前には、何も変わらない土。
けれど、その下には――確かに、“未来”が埋まっている。
ノエルは、その畑を見つめた。ぎゅっと、拳を握る。
(……絶対に、無駄にしない)
それは、願いではない。覚悟だった。
――これはもう、誰か一人の願いじゃない。
みんなで、未来を賭けた一歩だった。




