救っただけでは、足りませんでした
数日が、経った。
屋敷の空気は、すでにいつもの静けさを取り戻していた。まるで、あの崩落など最初からなかったかのように。
その日、門が叩かれた。
応対に出た使用人の声が、わずかに揺れる。「……ノエル様、お客様です」
ノエルは顔を上げた。
通された先に、二人の姿があった。トアと――その父親。
「この度は……」
二人は、深く頭を下げる。
「「助けていただいて、ありがとうございました」」
その声は、まっすぐだった。
だが、ノエルの視線は、そこでは止まらなかった。
父親の、右足。
――なかった。
膝から下が、完全に失われている。
言葉が、出ない。喉の奥が、きゅっと締まる。
「……」
ほんの一瞬の沈黙。それを、ガランが拾った。
「……今後のお仕事は、どのように?」
淡々とした声。だが、それは現実を突きつける問いだった。
父親は、困ったように笑った。
「こんな身体じゃあ……食糧調達の仕事も、もう無理でしてね」
「村で他にできることも、そう多くはありませんし」
苦笑い。けれど、その奥にあるものを、ノエルは見てしまった。
――諦め。
胸の奥が、強く軋む。
あの村を、思い出す。何もない土地。働き口も、余裕もない。
このままでは――
(……飢え死にする)
はっきりと、そう思った。
やがて、二人は再び頭を下げ、静かに屋敷を後にした。
その背中を、ノエルはただ見ていることしかできなかった。遠ざかっていく。小さくなっていく。
――何も、できないまま。
その瞬間、ノエルは踵を返した。
廊下を駆ける。勢いよく、自室の扉を開ける。
「――っ」
机へ向かい、本棚から数冊を引き抜く。ばさり、と広げる。
指先が震える。それでも、ページをめくる手は止まらない。
(何かあるはず……!)(助ける方法が……!)
ガチャリ。扉が開く。
「ノエル、何してるの?」
ルークだった。
ノエルは顔も上げずに言う。
「あの人たちを、このまま飢え死にさせるわけにはいかないの」
ページをめくる。
「どうにかしなきゃいけないのよ」
声は静かだった。けれど、確かな“決意”があった。
ルークは、一瞬だけ黙る。それから、ゆっくりと隣に座った。
「……じゃあ、僕もやる」
ノエルが、ちらりと見る。
ルークは、肩をすくめた。
「一人でやるより、早いでしょ」
ほんの少しだけ、ノエルの表情が緩んだ。
それから、二人は本を広げ続けた。魔法。農法。薬草。知識を、掻き集める。
時間を忘れて。ただ、救うために。
その様子を、廊下の外から静かに見守る者たちがいた。使用人たち。そして――ガラン。
誰も、口を挟まない。ただ、知っていた。
――この子は、止まらない。
一度、決めてしまえば、もう引き返さないことを。




