何もなかったことにされました
目を覚ましたとき、そこは自分のベッドだった。見慣れた天井、柔らかな寝具、ほんのりと香るいつもの部屋の匂い。
「――ノエル!」
視界いっぱいに、ルークの顔が飛び込んできた。
「よかった……!」
ぐしゃぐしゃの顔。目は真っ赤に腫れている。
ノエルは、ぱちぱちと瞬きをした。状況を整理するように、ゆっくりと周囲を見回す。
「……ここ……」
そして、はっとしたようにルークへ顔を寄せる。
「……ガランに、バレてない?」
声を潜める。
その瞬間。
「すべて、存じております」
扉が、静かに開いた。
ノエルの顔が、固まる。ゆっくりと振り向く。
そこに立っていたのは――ガランだった。
「……」
ノエルの表情が、露骨に歪む。“しまった”という顔。いや、それ以上に。“終わった”という顔だった。
ガランは、無表情のまま歩み寄る。
「ノエル様」
静かに呼ぶ。その声には怒気はない。だが、逃げ場もなかった。
その後、淡々とした説教が始まった。長い。ひたすらに長い。理路整然。一切の感情を乗せず、ただ事実と結果と責任だけを並べていく。
ノエルは、途中で何度か意識が飛びそうになった。
そして。
「……僕はもう、たくさん説教された」
ぽつりと、ルークが呟く。
ガランの視線が、すっと移る。
「では、もう一度確認いたしましょう」
「え?」
そのまま、ルークにも説教が始まった。
「……」
ノエルは、無言で天井を見上げた。
(仲間が増えた)
ほんの少しだけ、気が楽になる。
やがて、長い説教が終わる。
ノエルは、そっと口を開いた。
「……お父様に、報告は?」
ガランは、わずかに目を細める。
「騎士団より、すでに報告は上がっております」
淡々と続ける。
「通常であれば、高位魔法を行使した者は王都へ召し上げられる案件です」
ノエルの指先が、わずかに動く。
「ですが――」
ガランは、何でもないことのように言った。
「“そのままそこに置いておけ”とのご判断でした」
空気が、止まる。
ノエルは、何も言えなかった。ただ、ぽかんと口を開ける。
「……え?」
あまりにも、あまりにもあっさりしていた。命を救ったことも、魔法を使ったことも、すべてがどうでもいいかのように。
ガランは、静かに続ける。
「今回の行動は、決して褒められたものではありません」
その声は変わらない。
「無断で屋敷を抜け出し、危険地帯へ向かった。本来であれば、厳罰に値します」
ノエルは、小さく肩をすくめた。
だが。
ガランは、ほんのわずかに言葉を和らげた。
「……ですが」
一瞬だけ、視線が柔らかくなる。
「あなたの行動によって、救われた命があることも事実です」
ノエルの目が、少しだけ揺れた。
「……」
何も言わない。けれど、その胸の奥に何かが静かに落ちた。
そして。
ガランは、ふっと息を吐く。ほんのわずかに、肩の力を抜いた。
「それと――」
少しだけ、間を置いて。
「あなたがいなくなると、私どもは非常に困りますので」
一瞬、言葉を選ぶようにして。
「……居ていただけて、安心いたしました」
ノエルは、目を瞬かせた。
ルークが、小さく笑う。
「よかったじゃん」
ノエルは、少しだけ口元を緩めた。ほんの、少しだけ。
窓の外では、朝の光が差し込んでいた。けれど、その光は変わらないはずなのに。
ほんの少しだけ――世界の見え方が、変わっていた。




