最終話
パンデミックの収束から一週間。
帝都は驚くべき速さで活気を取り戻しつつあった。
私は約束通り、皇宮の正門前へ向かった。
そこには、大きなトランクを足元に置き、不貞腐れた顔で空を見上げているヴィスカリアと、その横で書類に目を通しているレインの姿があった。
「……遅いわよ、ソフィア」
ヴィスカリアが私を見るなり、頬を膨らませて文句を言った。
「見送りなんていらないって言ったでしょ。
地下のラボは使い物にならなくなったし、私の『失敗作』の始末もつけた。これ以上、堅苦しい皇宮に居座る趣味はないわ。……またどこかの地下に潜って、静かに研究を再開するわよ」
彼女は背を向け、トランクを持ち上げようとした。
すると、隣にいたレインが呆れたように眼鏡を押し上げた。
「おい、ヴィスカリア。本気で行くつもりか?」
「はあ? あんたこそ何してるのよ。荷物は?」
ヴィスカリアがレインの手元を見る。
彼が持っているのは荷物ではなく、分厚いファイルだけだった。
「俺は残るぞ。……いや、正確には『就職』する」
「……はぁ?」
「以前、ソフィアと話していた『教育機関』の構想だ。俺なりにカリキュラムの草案をまとめておいた。魔力のない者でも習得可能な『戦術理論』と『数学』の基礎……これを叩き込めば、凡人でも魔法使いに勝てる兵士を作れる」
レインはニヤリと笑い、私に目配せをした。
さすがだ。彼はもう、自分の能力が最大限に活きる場所を理解している。
「そういうことです、ヴィスカリア」
私は微笑み、去ろうとする彼女の前に立ち塞がった。
「レインはもう『教授』になる気満々ですよ?貴女だけ逃げようだなんて、許しません」
「な、なによ! 私はあんなカビ臭い地下室がないと生きていけないの!」
「ええ。ですから用意しました」
私は二人の背中を押し、強引に歩き出した。
「ご案内しましょう。地下室よりも広く、快適で、どれだけ爆発させても怒られない……貴女たちの新しい『城』へ」
私が彼らを連れて行ったのは、帝都の一等地。
焼け落ちたバルデル伯爵邸の跡地――の隣に新設された、白亜の巨大な建造物だった。
「これは……?」
「『王立魔導工学技術院』。……まあ、まだ仮称ですが」
私は建設されたばかりの校舎を見上げ、胸を張った。
「私が作ろうとしている『学校』です。身分も、魔力量も関係ない。あるのは『知恵』と『技術』、そして世界を変えたいという『熱意』だけ。ここは、貴女たちのような『規格外の異端児』が、誰に遠慮することなく才能を爆発させるための箱庭です」
私はヴィスカリアに向き直り、手を差し出した。
「ヴィスカリア。貴女には『医療・生物学部』の学部長を用意しました。地下に潜る必要はありません。これからは、この国で一番大きな『ラボ』で、堂々と研究してください」
「……」
ヴィスカリアは校舎を見上げ、ポカンと口を開けていた。
そして、恐る恐る尋ねてきた。
「……私の研究費、青天井なんでしょうね?」
「ええ、もちろん。レインが予算管理をしてくれますから、無駄遣いはできませんが」
「ふん、まあいいわ。……悪くない提案ね。乗ってあげる」
ヴィスカリアはトランクを放り出し、ニカっと笑った。
レインも満足げに頷く。
「俺のようなはぐれもんが教授とはな。しかひ実に合理的な配置だ。君の期待以上の成果を出してみせよう」
二人が私の左右に並ぶ。
その瞬間、校舎の中から元気な声がした。
「あ! ソフィアちゃん! 先生たちも!」
ティナが手を振りながら駆け寄ってくる。
制服のようなローブを羽織った彼女は、この学校の記念すべき生徒第一号だ。
その後ろから、クロード様もゆったりとした足取りで歩いてきた。
「やあ。ようやく役者が揃ったようだな」
クロード様は私の隣に立ち、並んだ「変人たち」を見渡して満足げに笑った。
「なんだか、偏った人選だがな」
「ええ。最高の仲間たちです」
私はクロード様の腕に自分の腕を絡ませ、悪戯っぽく微笑んだ。
かつては一人で抱え込み、過労で倒れていた前世の私とは違う。
今の私には、背中を預けられるパートナーと、頼もしい共犯者たちがいるのだ。
「さあ、行きましょう」
私は真っ白な校舎の扉を開け放った。
「始めましょうか。私たちの――新しい国作りを」
光の中へ、私たちは足を踏み入れる。
そこには、まだ誰も見たことのない未来が待っているはずだ。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
本編としての物語はここで一度幕を閉じることとします!
ソフィアたちの日常や、新しく動き出した魔導学院での騒動など、書きたいエピソードはまだまだ尽きません。
またいつか、番外編や続編という形で彼女たちの物語の続きを書くかもしれません。 その時はまた、彼らの「システム更新」を見守っていただければ幸いです。
よろしければ最後にぜひ【ブックマーク】や【評価の星★★★★★】で、この物語のラストを飾っていただけると非常に嬉しいです。
本当にありがとうございました!




