三章 十四丁 不捨の契り
鞘から迸る黒炎はネイの左腕を這い、斬殺を促すよう幾度も弾けては煽り立て。ネイは抗わず刀を引き抜き――刀身から迸発した黒炎は辺りに爆音を轟かせた。
激しい熱風に気圧された男達は顔を覆い、肌を焼くような炎熱に思わず噎せ返る。
斬瞑天月 から溢れる黒炎は、ネイの身体を包み込むように燃え広がり、背に食い込んだ二本の矢を一瞬で灰へ変えた。
炎はそれだけに留まらず肉体をも焦がし、頸部には激しい 爆跳 の音を発して亀裂が走り、それは一気に頬まで達した。炭の裂け目を思わせる断面は熱を帯び、赤々と爆ぜ、熾火となって内側から肉を焼いている。
炎はネイの怒りを体現するかの如く身に纏わり、猛々しく燃え上がり一同を威嚇した。
炎に煽られ髪を逆立てて怒る鬼さながらを相手に、黒装束の男達は刀の構えも満足に出来ぬほど狼狽え、怯懦を露わに森へ後退してゆく。
ネイは一歩一歩身体を軋ませながら後退る男達を斬り殺そうと距離を詰める。――が、男達を捉えるネイの瞳は、側面から歩み寄る青年へと移った。
深緑の羽織に袖を通す青年は、腰に差す黒鞘の刀に指を添え、一切の情けをかなぐり捨てた鋭い眼差しをネイへ向けている。
――その青年の 眼光炯々 たる瞳が、ネイの憎しみと闘志を更に刺激した。
青年が荒々しく刀を抜くと同時に、ネイは刃を振り上げ青年に攻め掛かった。
激情に駆られた荒れ狂う斬撃を、ネイは次々青年へ浴びせ、相手が嘗て命を救った恩人であり、心を許した友である事すら忘却したようだ。
青年も又、友と刃を交える悲哀など微塵も感じさせず、ただ目の前の相手を打ち倒す覚悟と闘志で満ち。鋭い眼光を瞳にたたえ、まさに手練れといえる剣さばきでネイの剣技をいなしてゆく。
だが青年の持つ黒鞘の刀では、 斬瞑天月 には不足であるのか。鍔迫り合った末、斬瞑天月から発せられる黒炎が勢いを強め、青年に襲い掛かった。
刃を伝い燃え移ろうとする黒炎を避けるため青年は後退する。
逃げる青年をネイは執拗に追い、容赦なく剣撃を叩き込み。隻腕とは思えぬ剛力で刀を弾かれた青年は木に背を打ち付けた。
その寸分の隙を逃さず即座に攻じ、心臓を穿つとどめの一撃を、青年は卓越した身の熟しで躱し、ネイの懐に入り込み連撃を喰らわせる。
ネイは咄嗟に後ろへ退いたが青年の手数を受けきれず、左腕に刃が掠り少量の血がしぶいた。
青年は手を緩めずに攻め掛かり、振り下ろされたネイの刀を正面から受け止めた。
――鍔迫り合う二人の力は、ほぼ互角。
だが、互いが押し合い動きを封じ合っているが、青年には余力が感じられる。
斬瞑天月が力を与えネイの 膂力 が増していようとも剣術の腕では青年には及ばない。故に、反撃の機を得られぬネイは怒りに唸った。
勝機を感じ取った青年は相手の刀を押し返そうと力を込めた。――瞬間、ネイの頬の亀裂は 爆跳 を発し、大きく拡大した。
首から恐らく全身に巡っているであろう炭化したその亀裂は、今やネイの目下まで進み。加えて、ネイの腹部の刺傷からは新たに血が噴き出した。
頬と腹部の傷を一瞥した青年は、早急に戦いを終えるため勝負に出た。
――しかし、勝負に出たのはネイも同じ。互いが同時に、相手の刀を渾身の力で弾いた。
鋭い音を立てて青年の刀は砕け散り、ネイは刀が潰えた相手の喉元へ、無慈悲に黒炎滾る刀を突き出した。
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