三章 十三丁 不捨の契り
悲哀を宿した面持ちで二人は見つめ合うが、やがてネイは堂の柱に立て掛ける、朱鍔の刀を拾い上げた。その際、感謝を込めて白影にそっと微笑み、先に森へ歩き出す。そして後に続かぬ白影へ、旅を促すかのようにネイは振り返った。
『 ならば同士をもて。無貌鬼…其奴が力を欲してこの国に来たのなら、独りでは主の刃…届き得ぬぞ 』
白影は煙草を消し、頑なに刀を手放さぬ友へせめてもの助言を送った。
心を砕き、気遣う白影の厚情をネイは噛み締めた。
魑魅魍魎の蔓延る地を渡り歩き、果てには鬼を滅するなど今の自分に叶わぬ事も。力無い己は曰くの刀を扱わずして戦えぬ非力さも、全てわかっている。
だが旅路の果てか、道半ばか。いずれに命尽きようと、それを悲しむ者もなく――ましてや与えられた新たな人生を歩む資格など、己にはないと思えた。
思い詰め静止する身体に、ずしりと重みが掛かり傾いた事でネイの思考は途切れた。驚いて顔を上げれば、白影はネイの肩に腕を回し、篤実な人柄を表わすようにその口元は綺麗な半円を描いている。
『 然ればわしも付き合おう。主の命はわしが拾ってやる 』
約束が込められた白影の言葉は、ネイの暗雲な心を包み込むように優しく響き。呆然と見詰め返す事しか出来ぬネイに、白影は更に柔らかい笑みを返した。
共に無貌ノ鬼を打ち倒す。
これが白影との出会いであり、約束の記憶である。
だが再会を誓い、心を開き合った筈の友は期せずして現われ、知らぬ者としての素振りをするかのように冷然とネイを見下ろしている。
白影の穏やかな相好は今や失われ、幾許の不幸を負えば、瞳がこれほど虚ろな色を放つのか――。再会を果たした友の姿をネイは疑心し、絶句した。
「白影…!」
口から白影の名が零れ出た 瞬刻 、ネイに隙が生じた。その一瞬を見逃さず、頭目の男は刀を上段に振りかぶる。
「死ね !!」
青年に気を取られていた隙を付かれ、頭上から叩き潰すかのように下ろされる刃を、受け流す時も体力もすでに無く。ネイは柄に指を添えたまま、相手の刀が迫り来るのを、ただ見上げることしか出来ない。
――しかし、刃はネイの身体に達しなかった。
男達の間に、突如少女が割り込み―――身代わりとなるよう庇った少女の背を、刀は切り裂いたのである。
目を疑うような光景に、ネイは愕然と倒れる少女の身体を受け止めた。
少女の背中からは夥しい血が流れ、割れた肩から走る刀傷の長さは帯にまで達している。
「な――…ッ!!!」
少女を斬った頭目の男は血の気が失せ、動揺から後退り、己が犯した過ちに苦悶した。
「ば…馬鹿な…! ――い…いや…!! 死なぬ筈だ…!! なんと愚かな真似をッ…!!」
自分の落ち度を擦り付けるように、頭目の男は少女を責め立てる。
黒装束達が動ずる中、微かに 命脈 を保ちぐったり身を預ける少女を抱えたまま、目は見開かれ声すらも発せられず、ネイは激震に身を貫かれていた。
すでに足元には、少女の身体から流れ出た血液が雨潦の如く地に滴り、染み渡っては わたつみを広げ。医術の学識が深い者には外傷の深さと出血の量で、少女に助かる見込みがない事は一目で察せられる。
「ま…まあよい !! 骸を寄越せ !! それは屍であろうが値打ちがある !!」
少女を斬り捨てた男は、自棄を起こした様子でネイへ怒声を浴びせた。
悲しみに苛まれるネイの心は、男の非道な言動が切っ掛けで憤激へ変わり、男達への殺意と憎悪が徐々に胸中を満たす。その憎しむ衝動のままに烈しく顔を上げたネイは、黒装束たちを睨め殺すほどの眼力で睨んだ。
右目から涙を溢し、殺意滾る眼差しを向けるネイに男達は震駭した。
「お…鬼に…ッ!! 鬼に転ずるぞォッ!!!」
絶叫し、男達は一斉に林中へ退いた。
納刀された 斬瞑天月 の鞘口からは黒炎が漏れ出し、少女を横たえ蹌踉めきながら立ち上がったネイは柄を握り締め、臆する男達を追い込むよう歩を進める。
温和なネイの顔立ちは今や憎悪に歪み。獣が唸るように荒く息を弾ませ、歯牙を剥くその姿は、怒りに我を忘れ殺戮の激情に支配された、まさに鬼といえる形相へ変貌していた。
©️2025 嵬動新九
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