二章 三十六丁 古手屋
「昔は多くの信者が救いを求めて裏山の頂上… 龍神滝 を目指したんです。
ですが大門が閉ざされて以来、何人も…その龍神寺の門を潜れた者がいないとか…。今も興味本位にその戸を叩く者がいるんです」
余裕のある笑みを浮かべてはいるが、善からぬ事だと言いたげに捕物屋は眉間に皺を寄せて声を潜めた。
男は身支度をしながらも、ちゃんと捕物屋の話に耳を傾けており、視線は時々だが相手を見詰めている。
「そいつらがどうなったか…俺の口からはどうも……。ただ近付かない方がよいとだけ、言っておきたくてね」
身体を寄せ碧眼の男へ話す捕物屋の目は真剣で、危険を男から遠ざけたいという義理堅い一面を垣間見せているようにも思える。
一通り話し終えて気が済んだのか、捕物屋は身を後ろへ引いた。
「この話はここを去ったら忘れて下さいよ。旦那みたいな外つ国のお方にはわからんだろうが。救済を乞い願う者には、世の中残酷に出来てるもんでしょう?」
捕物屋が話を終えたと同時に、笠を被った三人の男達が店の暖簾を潜り、店内へ立ち入った。
つばの広い三角の竹笠を目深に被っているため男達の面相は拝めない。が、袴と羽織を着熟し、太刀そして脇差しの二本刀を帯刀するこの男達の格好を見れば、異国の出である碧眼の男でも、その三人が武士である事は簡単に察しが付いた。
目上であろう男の背後に付き従っていた二人の男は、そのまま入り口で待機し、上役の男は着物や骨董品に目もくれず、独り慣れた調子で店の奥へ進んで来た。
碧眼の男は武士達が店に入り込む前に、顔を見られぬよう手早く狐面と覆いを深く被り直した為、異国の者だと男達が騒ぎ立てる事はない。捕物屋と話し込む間に、大体の身支度は終えており、武士の行く手を遮る事が無礼にあたる事を知っているので、古手屋へ向かって行く武士に道を譲り、男は店の壁際へ移動した。
「らっしゃい。おや、いつものお顔で…」
古手屋は空っぽになった千両箱を座布団に腰掛けたまま脇に退け、歩み寄って来た武士に商売人の笑みを浮かべる。
「人を探している」
「へぇそれはまたどの様な?」
武士の声は低く店内に木霊し、威圧感を感じるその声色に慣れている古手屋は臆さず、己の顎を摩り興味深そうに続きを待った。
「童だ」
武士が放った言葉は古手屋ではなく、碧眼の男へ発せられていた。
振り向きざまに、武士は笠の隙間から碧眼の男を睨み付け、向かい合う形で刀の柄に触れた。
殺気の発せられる眼光を、碧眼の男は面の奥から見詰め返す。が、すぐに目線を移動させ、自身の腰に短刀の刃を突き付ける、背後の武士達を横目に見た。
短刀で脅され素直に身を停止させる碧眼の男へ、上役の男は数歩歩むと、低くどすの利いた声で恫喝を交え問うた。
「童は何処だ?」
「何処にでもいる」
碧眼の男が他愛のない調子で言い返せば、短刀を突き付ける武士は舌打ちをして、刃をより男の背へあてがった。
「惚けるな。共にいた筈だ…!」
上役の男は語気を強め、怒りを宿した面持ちで腰の脇差しを握り、碧眼の男へ足を踏み鳴らし迫る。
「やめてくださいよ、旦那方。うちの店を荒らす気ですかい?」
見かねた古手屋が割り込み。
そのやんわりと放った口調に怒りを感じ取ったのか。上役の男は振り返り、じっと古手屋の面相を見据えた。
古手屋は呆れた色を顔に浮べているが、相手の血走った目を、堂々と正面から見詰め返した眼力は、商い人とは思えぬほど鋭い輝きを帯びている。
暫し 膠着 となった末に、上役の男は古手屋から目を離すと、己の笠を指先で押し上げ、碧眼の男を抑える下役たちへ目配せをした。
「来い」
下役の男達は、碧眼の男の肩を乱暴に掴み、腰に短刀を突き付けたまま無理矢理店から連れ出した。
背に刃物が当てられているため碧眼の男は大人しく従い。店を去る際に古手屋の店主を盗み見ると、店の奥から姿を見せた使いの者に、何やら耳打ちしている様子が僅かの間目に入った。
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