二章 三十五丁 古手屋
深々と男へお辞儀をした捕物屋は、盆に残った二枚の小判を見て困り顔で眉を下げた。
「聞いていなかったかい? 約束通り受け取っておくれよ。間違いなく旦那の手柄です」
「いや、これでいい」
男は捕物屋へ言うと、肩に乗る犬神の首を撫で、そして微笑んだ。
「 狛和丸 は友だ。誰も傷付けていない」
祟り神であった犬神を懐柔し、無二の友となった出会いを大切にしたい男は報酬を断った。
その男の行動で犬神は感涙に咽び泣き、男の肩から飛び降りて上空を走り回った。が、自身の身体が半分透けて消えかかっている事に気が付き、涙混じりに男へ叫んだ。
「やめろぉ! 成仏 するわ !!」
犬神とのやり取りをぼんやりと見詰めていた捕物屋は、突然堰を切ったように膝を叩いて笑い出した。
「あはは!これは面白い新参者だ! 妖を飼い慣らすお人を初めて見た!」
捕物屋は一頻り声を上げて笑うと、自身の懐へ手を入れ、黒錆の鍵を取り出して立ち上がった。そして、大帳を仕舞った机の元へ歩み、その下にある四角い床の切込みに備え付けられた鍵穴へ、鍵を差し込んだ。
鍵を回すと床板は一部外れ、結界という仕切りが視界を遮っている為、捕物屋が何をしているのかは碧眼の男の目で全て捉える事は叶わない。が、店主が床から長方形の箱を取り出した事は把握できた。
「実はとある方に頼まれていてね。面白い兵がいたら渡すようにってさ」
男へそう語りながら捕物屋は、床板を素早く戻し長方形の箱を胸に抱えて、碧眼の男に近い座敷の上に箱をそっと置いた。
その年季の入った黒ずんだ 千両箱 には、又しても鍵が備え付けられており、店主は先程の鍵束から、より小型の鍵を取り出して千両箱の蓋を開けた。続いて中身の状態を簡単に確認した店主は、箱の中身が相手へ見えるよう千両箱の正面を男へ向けた。
「きっとあんたみたいな人の事を言っていたんだろうね。 白影殿 は」
どうぞと気楽に箱を寄越した捕物屋に釣られ、男が千両箱の中を覗く。と、本来なら貨幣を貯蔵する役割である千両箱の中には、手裏剣や苦内、短刀などの様々な武器が納められていた。
丁度装備を使い尽くした事を見越したように、こうして陰ながら旅路を支えてくれる恩人でもあり友でもある贈り主の名が、感謝の念と共に思わず男の口から漏れ出た。
「…白影」
箱を見詰め、噛み締めるように呟いた男の様子に、捕物屋は少し驚きを見せた。
「おや、知り合いかい? あの方は一体、幾つの顔を持ってるんだか…。…――旦那も用心に越した事はないよ」
捕物屋の明るい口調は不意に重々しく。その不穏な声色に、つい男の視線は捕物屋へ動いた。
「向いているお顔がいつまで仏かは、誰にもわからんからね」
青い瞳を見詰め返す捕物屋の顔に笑みは無く、皮肉や冗談を言っているような様子はない。
片口を上げ首を竦める仕草で言った捕物屋の言葉が腑に落ちず、男は顔を顰めた。が、そこから捕物屋が話題を再開させる事はなく、何でも無いという調子で男へ愛想笑いを浮かべた。
これ以上は、固く口を閉ざし何を訊かれようと平然とはぐらかし煙に巻くと思わせる程に、捕物屋の表情は強かだった。
釈然としない感情を胸に抱きながらも男は、千両箱に納められた武器の数々を手早く荷へ詰め込んだ。男が箱の中身を半分詰め終えた所で、何かを思い出した捕物屋は出し抜けに声を発した。
「そうだ旦那。開かずの大門…ご存知です?」
捕物屋が突として尋ねた事柄に、全く心当たりの無い男は、武器を仕舞う動作を鈍らせた。
首を傾げる男の仕草を見た捕物屋は安堵したように息を吐くと、肩の力を抜いた様子で胡座を組み直す。
「ご興味があられないのでしたら安心です。なぁに古臭い伝説の一つですよ。
裏山へ行くなら一言 釘を刺しておこうと思いまして…」
用心深く捕物屋は戸口に人気がないのを確認してから、少し声を落として語り始めた。
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