二章 三十四丁 古手屋
碧眼の男は古手屋へ来た目的を果たす為に、覆いを取り狐面を外して、異国の者である素顔を古手屋へ晒した。
男の暴かれた顔立ちを見た古手屋は、間延びした声を発し、じっくりと男の顔を凝視すると、先程片付けた机の引き出しに腕を突っ込み。一番底から取り出した大帳を開いて、中身と男を見比べた。
「こいつは驚いた。噂は真だった訳かい。それなら相応のものを支払わないとならないね」
言い終えぬうちから古手屋は、机に置いてあった算盤を膝の上で弾き、いそいそと何処か楽しげに 金勘定 を始める。
「犬神、河童、蟒蛇…野衾……。最後に牛鬼で…合わせて金十二両に銀四十匁って所だな」
算盤を叩き終えれば古手屋は顔を上げ、覆いを被り直す男へ、商売人を思わせる強かな声色で会話を続けた。
「どうする? うちらで既に五両預かってますが…全てお手元に? それとも此度も一部だけで?」
古手屋は男へ尋ねると掌を前に出し、何かを催促するよう手を動かした。
促されるまま碧眼の男は、自身の帯に吊り下げている小さな長方形の木板を、差し出す古手屋の掌へ置いた。
「牛鬼と犬神を」
「はいよ。合わせて丁度四両です」
問いを返した碧眼の男へ、古手屋は算盤を弾く事なく言うと、店の奥から使いの者が現われ、その者が差し出した盆の上に男の木板を置いた。
受け取り、碧眼の男へ一礼した使いの男は、盆を持ち奥へ再び消えて行った。
碧眼の男が手渡した木板は、 版帳 と呼ばれ、妖怪を討伐して得た金銭を表記する証明書である。木板を削って記号を彫り、出来た窪みに紙を押し付け墨で刷り写し、証文の作成に欠かせぬ重要なものでもあった。
版帳を持っていなければ、妖怪を退治しても報酬を得る事は出来ず。依頼を受けて討伐に赴く訳ではないが、妖を討ち取った証と証言があれば、看板に版帳が吊された商店で、謝礼を受け取れる仕組みとなっている。
ここは古物を扱う古手屋だが、妖専門の捕物屋の側面もあり、こうして碧眼の男は旅に入り用な金銭を、 診療 で稼いだ治療代と妖怪退治の報酬と合わせて、一人では十分過ぎるほど懐に蓄えていた。
「おおと、そうだ。 牛鬼だがあの野盗共と折半じゃありませんよ」
突然、言い忘れていたとばかりに捕物屋は言い、身振りを加えながら男へ説明を始めた。
「奴らが行った大屋敷はうちの分家でね。本家がこっち。あっちはただの紺屋。取次がないと門前払いされる寸法なんです」
指を忙しなく動かしながら捕物屋は言ったが、賊達は牛鬼を倒した 褒賞 は受け取れないものの、持ち帰った爪でそれなりの対価は得たであろうと男には容易に想像が付いた。
言い終えた直後、暖簾を潜り奥から先程の使いの男が現われ、手帛紗という鮮やかな紫の布が掛けられている盆を、上役である捕物屋へ手渡した。
使いの男は、碧眼の男へまた一礼すると、すぐに奥へと立ち去り。捕物屋は床に置いた盆から手帛紗を取り、綺麗に折り畳んで脇に置くと、礼を交えて男へ盆を丁寧に差し出した。
「どうぞ、今後ともご贔屓に」
版帳と小判が扇形に四枚、綺麗に重ねられた盆から二枚のみを受け取り、男は小判を懐へ入れた。
©️2025 嵬動新九
※盗作・転載・無断使用厳禁
※コピーペースト・スクリーンショット禁止
※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止




