二章 二十九丁 旅路の分岐
午刻頃だが、通りに沿って立ち並ぶ商店にはあまり客はおらず。疎らに人が行き交う 寂々 とした村通りを、碧眼の男達は歩いていた。
村には筆屋や、食材を売る青物屋などの、主に生活に必要な商店ばかりが多々あり。怪我を負った利吉を休ませられる宿屋が中々見付からず、男達は村の中心まで只管に歩いた。
その宿を探す道すがら、漁太は足軽を追い払った先程の出来事に、まだ興奮が冷めやらぬ様子で、尊敬と好奇を交えた眼差しを男の横顔へ向けた。
「すげぇや旦那ぁ。さっきは一体、何を言ったんですか?」
漁太の問いに、碧眼の男は商店を一軒一軒眺めながら、間を開けずに答えた。
「三日程の 命だと」
「えッ!!?」
宿の看板を探しながら、ぽつりと返した男の一言に、漁太達は 驚声 を揃えた。
動揺した少女までも、その場に立ち止まり。男の肩に乗る犬神は、顎が外れそうな程の大口を開いて驚愕を露わにしていた。
「さ…流石は旦那! 商人の嘘は神もお許しってやつですな!」
我に返った少女達は、男に置いて行かれぬよう再び歩き出し、追い付くなり漁太は男へ引き攣った笑みを向けた。
「それを言うなら嘘も方便だろうが!」
比喩が気に入らなかった犬神は、漁太を叱り付け。諍い無く村へと入る為に、仕方なく嘘を吐いたのだと、二人は解釈している様子であった。
そんな二人の掛け合いを静聴していた碧眼の男は、忙しく動かす視線を一瞬だけだが漁太へ移した。
「嘘ではない」
碧眼の男の偽りの無い真剣な物言いは、漁太達の顔を再び曇らせた。
「えぇ…、ではまた…何でそう思ったんです?」
嘘であって欲しかった反面、つい反射的に男が何故そう思ったのか、漁太は尋ねずにはいられなかった。
人の命に関わる事柄は、碧眼の男にとっても気が重く。少し俯けた顔の眉根に薄い皺を寄せると、静かな調子で漁太へと語った。
「悪寒…全身の震え……。大汗、極熱。…明日が山場だろう」
医術を 習熟 する碧眼の男には、苦しむ 病人 の姿が見えているかの様に口調は痛々しい。
「瘧はこの季節に珍しい…。疑うのも 無理はない」
この時代、瘧で亡くなる者は数多く、夏に発症する者が大半なのだと、碧眼の男は語る。
発症すれば約三日ほど激しい高熱に蝕まれ、子供が罹りやすい事から 童病 とも呼ばれているが、子供でなく大人であっても死に至る恐ろしい病であった。
「あの人…大丈夫なのかな…?」
話を控え目に聞いていた少女は、足軽の行く末を案じ、不安な面持ちで碧眼の男を見上げた。
「薬は渡した。信じて受け取った。望みはある」
心配で鬱する少女へ、碧眼の男は柔らかい笑みを浮かべて言い。その穏やかな言葉遣いで、少女の暗鬱な心は解れ、安堵の様子を見せた。
一同は出会って間もなく、生き様も異なるが、足軽が病を克服出来るよう願う心は、全員等しく同じであった。
©️2025 嵬動新九
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