二章 二十七丁 触れ
怪我人を目にして道を阻まれるとは思いもよらなかった碧眼の男は、半ば驚きながら足軽へと溢した。
「傷が 浅くない」
「だから何だというのだ。 よいか、手形が無ければここは通さぬ」
関係ないと足軽は言い放つと、野次を飛ばす農民たちへ圧を掛ける。
足軽に睨まれた農民たちは、更に不満な様子で頬を膨らませたが、相手が槍を持っている為、身の危険を怖れて批判を溢す者はいない。
だが己に逆らう者はないと自惚れる足軽の顔に、一瞬安堵の色が浮かんだのを、碧眼の男は見逃しはしなかった。
気の弱い性質でもないこの男が、一瞬ではあったが弱みを垣間見せた事に、先延ばしに出来ぬ違和感を覚えたのだ。その為、言い合いの最中ではあるが、碧眼の男は改めて足軽の身体を注意深く眺めた。
道を塞ぐ問題の男は、疲労しており暑くもないのに汗を掻き、何処か顔色が悪い。終始苛々と機嫌が悪いのも、調子が優れないのが原因なのではと、碧眼の男は熟思した。
碧眼の男が、思慮に耽り口を閉じてしまった為、男の傍らに立つ少女が代わりに恐る恐る足軽へ尋ねた。
「どうして? みんな苦しんでるのに」
何故人を困らせているのかと、悪意無く尋ねた少女を足軽は睨み、機嫌を更に悪化させた。
「鬼を炙り出す為に決まっておるだろう !! 人に混じり謀る鬼もいると云うではないか!」
幼い童相手にも、足軽は容赦なく声を張り上げるので、少女は驚いて碧眼の男の背に逃げるように隠れた。
「それ程に手間が惜しいと言うなら、今ここで !! 身の潔白を証明するがいい !!」
足軽は煩わしさが頂点に達し、一同へ吐き散らした。その身勝手な言い草に、群集は響めいた。
関所を抜ける際には、時折身分を明かし、状況が悪ければ素肌を見せて己の身の証を立てねばならない事もある。が、その際は必ず、人目の付かない場所か覆いの裏で行われる。
しかし、足軽達が急遽拵えた偽の関所には、物陰も覆いすらも用意されてはいなかった。
身の潔白を証明する為に、大衆の面前で肌を晒す事など誰も出来まいと、足軽は小気味良い顔で、困惑する群集を眺めた。
大人しく事の成り行きを聞いていた碧眼の男は、己の背に負う利吉を漁太に預け、ゆっくりとした足取りで足軽へ近付いた。
「な…何だ貴様…!」
合羽を目深に被った正体不明の男が不意に近寄って来た事で、足軽は少したじろいを見せる。
碧眼の男は足軽の目の前に立つと、少し身を倒し足軽へ顔を近付けた。
足軽は驚いて首を引いたが、碧眼の男が耳元へ何やら小声で呟くと、足軽は絶望に顔を歪め、身体を硬直させた。
静観する群衆たちには男の声が届いておらず、一体何をしているのかときょろきょろ手近な者と顔を見合わせており。顔色を蒼白させる足軽は、人前で醜態を晒せず、気を持ち直して碧眼の男を睨み付けた。
「…その手には乗らぬぞ…! 貴様も金が惜しいだけであろう !?」
男へと喚き、数歩後退った足軽の顔は強がっているが、多汗し全身を震わせるその様は、明らかに取り乱して見える。
「金なら ある」
「何ぃ !?」
関銭を払う気がないと罵って来た足軽を、意に介さず 一蹴 し、碧眼の男は相手をじっと見詰め返した。
覆いの奥から感じる男の視線に、足軽は尻込みをしたが、またすぐに強がった態度で、額に汗を滲ませながら男へ威勢を張った。
「何処の馬の骨かもわからぬ、貴様なぞ信じられるか…! 元武士を…なめるな…!!」
顔に躊躇いを宿してはいるが、一合取っても武士の身分であったこの男には、身を堕とそうとも折れぬ意地と誇りがあるのだと、感じさせられる威勢がある。
©️2025 嵬動新九
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