二章 十五丁 同穴の不遇者ら
一同が暫し言葉を失ったのは、男の言った内容が正しいのか。自身の頭でも熟考する時が、必要だったからである。
確かに男の言う通り、日が昇り明るくなった時分の方が、賊の行動が目で捉えられ、交渉も捗る。今後の活動も取り組みやすく、利が大きい。闇雲に出口を探し、体力も時間も失うのならば、まずは碧眼の男の提案を試すのが一番だろう。
思考が纏まり、男の意見に納得した 立年 の農夫は、肩の力を抜いて感嘆の声を漏らした。
「なーるほどな…。いやぁお見逸れしました。じゃあ明日あんたに全部任せようかな」
そして農夫は身を起こしもう一度胡座を組むと、心から尊敬した様子で碧眼の男を前屈みに見詰めた。
「……あっ! しまったぁ !!」
脱出の糸口が見え、幾ばくか明るくなった場の空気を、突然中老の農夫が大声で塗り替えた。農夫は自分の後頭部を掻き乱し、尻を地面から浮き上がらせ、今にも飛び出しかねない勢いで狼狽している。
その慌てふためく姿に、一同は何事かと中老を見た。
「どうしたの?」
少女は後一口で食べ終える魚を両手に抱え、心配そうに農夫の顔を見上げて尋ねた。
「実は…っ、滝の裏に横穴がありまして…!若いもんが五人、何処かに繋がってんじゃないかって中を見に行ってるんです!――もし…っあんたの言う通りだったら…今頃奴等に…っ!」
そう早口で事情を説明すると、農夫は後頭部に両腕を当て、見る見る顔は青ざめていった。
農夫が言った滝裏の横穴――。
地盤沈下で出来たこの窪地に生じた洞窟は、行き止まりである可能性が高い。が、知識のない者達は、窟が外へ通じていると信じて、その奥を探るに至ったのだろう。そして、およそ丸一日は、5人が帰っていない事になる。
調査に赴いた5人が戻らないのは、想像より穴が深遠であったか、碧眼の男の予想が外れ出口が存在していたか。
いずれにせよ無事であって欲しいものだと男は内に思い、巨大に口を開く洞窟を見詰めた。
「大丈夫だって! 戻って来ねぇのは、迷ってるからじゃねぇか?」
立年の男は安心させるように、中老の背を軽く叩き明るく言った。その屈託のない笑みに励まされた中老は、血色と落ち着きを取り戻し、再び地面へ腰を下ろした。
しかし、和やかな空気に変じようとする所で、旅商人の舌打ちが場の雰囲気を、不穏な空間へ引き戻した。
「考え過ぎなんだよ! あんな阿房面の賊共が張番なんて置くか!
窟に潜った奴等も出口を見付けて、自分達だけで逃げ出したんだよ!」
旅商人は声を荒げ、その勢いに驚いた少女は、自分の背後で鼾をかいている犬神に抱き付いた。
子供が怯えている事もお構いなしな旅商人に、 立年 の男は呆れた顔を向ける。
「そんな訳あるか。――まぁ…確かに…、ちっとも帰って来ねぇけどよ…」
洞窟の調査に出向いた5人の中には、中老の農夫と共に、自分を探しに来た友人が加わっている為、立年の男はきっぱりと旅商人の主張を撥ね除けた。だが未だ戻らぬ5人の身を案じて、徐々に語気は弱まり、不安な面持ちで己の頭を掻いた。
「こんな 山懐 で見捨てられたら助けなんて一生来ねぇよ!賊共に助けてくれなんて泣き寝入り、俺ぁ御免だね!」
旅商人は立ち上がり一同へ吐き捨てると、置いてあった笠や合羽を身に着け、旅支度を始める。
「あいつら…っ! 今から追い掛けてやる!」
ぶつぶつと文句を言いながら手慣れた所作で背負子を背負い。焚火の中から突き出ている大小様々な太さの枝を物色し、すぐに燃え尽きぬであろう幅の太い燃木を一本取り出した。
その榾を松明に足元を照らしながら、今度は杖に丁度良い長さの枝を拾い上げ、足場の悪い砂礫の山を下り始めた。
「今からか !? やめとけ! なにもこんな小夜半に…!」
中老は慌てて旅商人を呼び止めようとするが、商人は構わずに歩を速め、どんどん一同から遠ざかる。
やがて小山を滑るように下り、平坦な足場になった頃、商人は焚火の面々へと振り返り、最後の捨て台詞を吐いた。
「どうせ窟の中も真っ暗なんだ! 言っとくが出口があれば、俺は戻って来ねぇからな !!」
そう言い捨てた旅商人は荷物を背負い直し、滝裏にある洞窟へ向かって歩き出してしまった。だが旅商人を引き留めようと思い立ったのは、中老の農夫だけでは無かった。
旅商人は背後から強い力で肩を掴まれ、突然その歩みを止められた。
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