六章 二十五丁 報仇の一刀
窟の奥から、凍てつくような視線を感じる。
ひょっと見据えた先には、青白い肌が、闇に潜むように茫と浮かんでいる。
それらは一人といわず、隙間なく前方を塞いで、すうと乱れなく姿勢を伸ばしており、二十の年月も生きぬ若者にしては、どこか諦観した、怜悧な目をしていた。少年達は、楽に口を結び、咎めもせず哀れみも込めぬ眼差しで、鬼の姿を瞬がず見詰めている。
ただそれだけの事で、鬼の心は酷く動じた。
「なッッなんだよぉおおッお前らぁああーッ!!? どけえぇええッ!!! その眼はなんだぁあああ!!! 見るなよぉおおーーッ!!!」
喚き立てるほどに、揺るがぬ若者達の眼光が、より冷ややかな蔑んだものに思えてくる。いつしか鬼は、前へ進めなくなっていた。
鬼の心が波立つその機を捉え、二人は咆吼を上げた。それに応えるように、黒炎は猛火を上げ、一気に鬼を押し戻す。
鬼は岩壁に縋り付いて留まろうとするが、踏ん張りがきかずに引き摺られ、その身体は敢えなく洞外へ曝け出された。
洞から飛び出た鬼は背に弾丸を受け、再び穴へ逃げ込もうと、身体を抑え込む二人を一心不乱に振り払う。だがそこで、最も重要な見落としに気付いた。
「そうだ――ッあいつ…ッ!!! あいつは何処にぃい―――ッ!!?」
辺りに目を配れば、銃を扱う樋造の隣りに錨があり、そしてその後ろには、伝七を運ぶ吉平と、山治に肩を借りて息も絶え絶えに鬼の元へ向かう、卜部の姿があった。
「やれぇーーーーッ!!!」
ネイと黒桜丸が、勢い込んで叫んだ時には、山治が卜部の背を思い切り押し出していた。
前へ前へ突き出る身体をふらりと立て直し、上躯を傾け、地を蹴って走り出す―――姿を追うことが出来たのは、そこまでだった。
消えた。
そう思った刹那。 跳躍し、刃を水平に振り上げる卜部は、鬼の眼前にいる。
仰け反った疫鬼の首を、音もなく斬り裂いたこの一撃ばかりは、 隆盛を極めた嘗ての技を取り戻した。
疫鬼の頭部は、見開いた眼を泳がせて、地に跳ね落ちる。
それを見届けた少年達は、一人、また一人と引き返し、暗い洞窟の中へ消えて行った。最期に鬼が見たのは、その若者等の寂寞とした背と、山林の樹木に紛れて、小馬鹿にしたように笑う小鬼の姿だった。
あどけない顔を歪ませながら、軽蔑の眼差しを向ける片角の鬼に、当たり散らそうにも声は出ず、視界は幕を下ろすように暗くなる。
鬼の頭部は、不浄に泡立ち、やがて溶け落ちて土へ染み込んでいった。
事切れる様子を、退屈そうに見下ろしていた小鬼は、手頃な石ころで蹴り遊びながら、誰にも気取られることなく森の奥へと立ち去った。
黒炎は轟々と鬼の体を焼き払い、首の失せたその巨体が、上向きに倒れたと同時に、黒桜丸は力尽きた。ネイの身体に纏わる炎は鬼へ燃え移り、苦痛から解放されたネイもその場にへたり込む。
そして、卜部が崩れ落ちたのを切っ掛けに、鬼の最期に見入っていた樋造達は、はっと我に返った。
「み、皆様ッ!!! 先生ッ!! 先生ーッ!!!」
駆け寄る村人たちの声は、もはや聞こえない。
なのにどうしてか、卜部は傍らに、馥郁たる懐かしい薫りと、愛おしい気配を感じた。
ついその気配を辿って、腕を伸ばせども―――
少女と、その側に佇む女性は、悲しげに卜部を見下ろすだけで、地に横たわる手を握り返しては、くれなかった。
©️2025 嵬動新九
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