六章 二十四丁 報仇の一刀
死に物狂いで這いつくばるうちに、傷口を焦がす黒炎は掻き消えた。
身を潜めていた時には、あれほど厭わしく思えていた洞窟も、今となれば、小汚い礫の一端が顔を覗かせただけで、極楽が現れたとすら感じる。
土砂に埋もれた洞口は、内部から突き破られて空洞が露わになり、鬼の巨躯は立ち姿のままでも穴を通り抜けられる。
追っ手のない事を確認した疫鬼は、逃げ果せたと一息気を抜いて、洞窟へ立ち入った。
「た……助かったぁぁ……っ!! また…っ隠れればいいだけだぁあ……!! 奴等が死ぬまでぇぇ…たかだか幾――…」
口走りながら、暗闇の奥へと足を進めた鬼は、脇腹辺りから、黒炎が迸ったのを捉えた。まさかと下を向くも、すでに前方へ回り込まれ、腹には、深々と斬瞑天月の刃が沈み込む。
「うぐえぇッ!!! お…ッおッお前ぇえええーーッ!!! ここまでッどうやってぇえ――ッ!!?」
背中の鰭に、黒桜丸がしがみ付いていた事にも知恵が至らず、疫鬼は声を裏返して泡を食う。
痛みに身悶えながら、下腹部を貫く刀を引き抜こうとするが、上向きに突き上げた刃は内蔵を刺し通って、肋骨の隙間にしっかり嵌まり込んでいる。
肺から血が迫り上がり、両目が開けなくとも、黒桜丸は身体を密着させて鬼の動きを封じ、鍔の辺りまで刃を埋めた。
「道連れだ……ッ!! く…たばれ…ッ!!」
斬瞑天月から漲る炎は、疫鬼の全身を燃え上がらせ、火力は勢いを増して、鬼を洞外まで押し出してゆく。
腹に食い込んだ刃が、内蔵を焼き殺し、味わった事のない激痛から逃れようと、疫鬼は空を掻いて、黒桜丸の首を掴み取った。
「うげぇ…えええ……ぇえ……ッ!!! や…ッめろぉおおッ!!! はッ放せぇえッ!!! 放せよぉおおおーーッ!!! 死ぬならお前だけでぇえええ…ッ!!!」
喉を絞め上げられても黒桜丸は耐え凌ぎ、頽れそうな足を踏み固めて、なんとしてでも鬼の行く手を阻む。その首をへし折ろうと、疫鬼が喉頸をひねり上げるのを、一発の弾丸が食い止めた。
「んぎゃぁあああああーーッ!!! おッお前らぁあああああッ!!!」
右目が破裂し、疫鬼は眼を押さえて山を轟かすほどの怒号を発する。
樋造は程遠い位置から、錨が込めた銃を撃ち、只管に鬼の元を目指して林を駆け抜ける。樋造が続けざまに放った銃弾は、疫鬼の皮膚を突き破り、肉に入り込んでいった。
強皮を脱ぎ捨てたことを今更悔い、疫鬼は銃を嫌がって、踏み堪える黒桜丸ごと洞内へ逃げ延びようとする。
炎は劣るまいと燃え立つが、黒桜丸は徐々に、窟の奥へ奥へと押し込められた。
そこへネイが助力に入り、疫鬼の片膝に刀を突き立てた。
「おおおッお前ぇえええーッふざけるなぁあッ!!! 放せぇええええーーッ!!!」
鬼は押し出されてなるものかと、地に落とした片膝を庇いながら、二人を押し潰すように上躯を屈め、洞壁を掴んで後退する身体を踏み留める。
疫鬼を打ち倒す目前まで追い詰めたというのに、もはや体力も尽き掛けている二人は、暴圧に屈さぬよう足止めに徹するしかなかった。
果然、力比べは長く続かず、黒桜丸は喀血し、その場に崩れそうになる。そこへもって、黒炎はネイの身体にも燃え広がり、心身の苦痛で弱まる二人を、疫鬼は徐々に押し返して前進を始めた。
巻き返そうと抗っても、踏み締めた足は 土煙を上げて地面を滑り、二人は打つ手がないまま窟の奥へ流されてゆく。
「は…ッはははぁああーーッ!!! おでの勝ちだぁあああッ!!! こんな傷ぅうお前等の皮を剥いでぇぇえ塞いでやるよぉおおーッ!!!」
気息奄々のその様を、疫鬼は口から泡を吹き散らして愚弄する。
「死んでたまるかぁあああッ!!! もっともっと喰って喰ってぇえええッ!!! ひやはぁはああああーーーッ!!!」
古巣へ戻った安堵と力で勝った優越から、鬼は引き攣った笑い声を耳障りなほど空洞へ響かせていた。
けれど思いがけぬ事で、その 笑声 はぴたりと止んだ。
©️2025 嵬動新九
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