一章 十二丁 終はらぬ喰い合い
ほんの寸刻、地揺れが収まったと思いきや、事態は一変する事となった。
耳を劈く笑い声と共に、銀杏の木に隣接した小屋を破壊して、巨大な蛇が突如姿を現したのだ。大蛇は数々の家屋を押し潰しながら、巨体を地中から這い出し、逃げる少女を尾で捕らえる。
「きゃあああッ!!」
高々と身体を持ち上げられ、少女は悲鳴を上げ宙を掻く。
予想だにしていなかった新手に不意を突かれ、坂田達は捕らえられた少女をただ見上げる事しか出来ない。
「漸く見付けたぁ!! 見付けたぁ!! 極上の馳走じゃあ !!」
翡翠色の鱗を輝かせ、声高に笑うその声量に一行は顔を顰める。
「何だと…! もう一匹いたのか…!!」
口惜しげな坂田の横で、万雷は呑気に蛇を見上げて歓声をもらし、配下達は人家を優に超える大蛇に狼狽え、坂田を巻き込んで後退した。
「で…でかい…!!」
響めき怖気付いて後退る男達と擦れ違い、鬼面の男は前方へ歩む。
動ずる事なく、ゆっくりと蟒蛇の元へ向かう姿に、坂田一同は些か呆気に取られ、男の背を見詰めた。
「……イド…」
イドと名を呼ぶ野衾の掠れ声を聞き、喜び湧いていた蟒蛇は雷に打たれたかのように寸秒硬直した。そして、その変わり果てた姿を捉えると、徐々に全身を打ち振るわせる。
野衾の胴体は黒炎で燃え滓となり、首は命尽きる間際なのか、目は半分閉じかけていた。大きな鼻と口からは血が流れ、何かを伝えようと虚しく口を動かす度に、血が口外へ波打って流れ出る様は、人の生き血を吸い、それを糧として生きていた妖怪には惨憺な最期である。
「すま…ん…すまん…な………。 お前…だけ…で…も……ここ……から――………」
すべてを伝え切れずに、野衾は口を薄く開いたまま果てた。
「片羽 !!」
巨大な目に涙を溜め、蟒蛇は骸へと巨体を滑らせる。
その通り道にいた坂田達は、轢き殺される既の所で身を躱し、難を逃れた。
数々の妖怪と争闘し、それなりに知見がある一同ですらも、この様な仲間意識を持つ蟒蛇の行動は珍しく、骸を囲い抱きしめる形で慟哭する姿に、どうにも面食らってしまう。
――蟒蛇は元来、この巨体であった訳ではない。
嘗て子蛇であった蟒蛇は、子供の悪戯で涸れ井戸へ落とされ、幾日も幾日も飢えと喉の渇きに苦しんだ。
このまま命尽きるのだと諦めていたところに、野衾だけが己の食べ残しを井戸へ投げ込んだ。
それ以降、翼が折れた野衾と、地に這い出せぬ蟒蛇は、影身に添うよう共にあり、いつかこの村を出て二人で自由に生きてゆくのだ。と、幾年も費やし涸れ井戸から脱したあの時――鬼さえ現れなければ、その約束を果たすことが出来たのだった。
こうした野衾との日々が、蟒蛇の涙を止め処なく溢れさせていた。
「貴様等よくもッ!! 許さぬ !! 八つ裂きにしてやるッ!!」
怒り狂うあまりの剣幕に、事情の知らぬ男達は困惑し、ただ落ち着きなく見上げるのみである。
「その童を放せ。 大して腹は満たされんだろう」
蟒蛇の怒声を物ともせず、鬼面の男は涼しい声色で呼び掛けた。
「誰が片羽を殺したッ!!? そやつを一番に喰ろうてやるわ !!」
頭に血が上った蟒蛇には、男の言葉が聞こえておらず、執拗に怒鳴り散らし、一人また一人と巨大な目で探る。――そして、遂に万雷を捉えたその時。
万雷は鬼面男の背を指差し、何かを言いたげに蟒蛇へ目配せを始めた。
それを眺めていた数人の配下達も、万雷に倣って男を指差す。
赤く腫れた頬を押さえる坂田は、その光景を視線の端で捉え、一瞬信じられないものを見たという顔で万雷を二度見した。が、男から受けた頬の痛みが、見て見ぬ振りをさせた。
「貴様かぁあ…!!」
「ほぅ勘が良いな」
万雷達の誘導で、蟒蛇は首を下げ、長い舌を振り乱し憎々しげに男を睨む。
その鼻息で着衣が激しく靡くが、鬼面の男は堂々と構えていた。
「お逃げ…ください…! みんな…食べられて…しまいます…!」
友を殺され怒りに我を忘れていたが、少女が口を開いた事で平静を取り戻し、鎌首を戻した。
胴を捕らえられる少女は、眼前に迫る蛇の頭から、少しでも距離を取ろうと身を引き、両腕をじたばた暴れさせる。
「そうだ…、忘れる所であったわ。 ――労して手に入れたのだぁ…!」
語り終えもせず、蟒蛇は少女を上空へ放り投げた。
少女は悲鳴を上げ、その身体は高々と大空へ舞い上がり、やがて垂直に落下してゆく。
「まずはこの餓鬼を喰わねばな !!」
己の頭上へ落ちる少女を喰らおうと、蟒蛇は真上に首を向けて顎を外し、巨大な虚の如き大口で、餌が収まるのを待った。
落ち行く最中、少女は恐怖に体を丸め、両眼を固く閉じ、死にたくないとただ願い。その祈りが通じたかのように、微かな鈴の音が届いた。
©️2025 嵬動新九
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