表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盲目の剣豪篇、連載中 / 落貌ノ鬼『劔刀、いく世へ消えにし命さえ』  作者: 嵬動新九
江戸跋渉篇 | 第五章 百鬼夜行〈前半〉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
123/165

五章 十九丁 定離


 呼掛(よびか)けに応ずるのは、本来なら小柄な十五の歳の少年である筈だが、目の前のこの男は背格好がたくましい成丁(せいてい)である。


少年の丸みを帯びた短髪とは異なり、男の(うなじ)辺りで束ねた毛髪は、(ねずみ)の尻尾のように細く背に沿い。

体躯も容姿も、膝下(ひざした)を絞った裁付袴(たっつけはかま)を常時着熟(きこな)す身なり以外、(まご)うことなく別人であった。



 全く面識のない男を呼び出した決まりの悪さから、ほぼ反射的に口が謝罪を発した。


「む。人違い致した、失礼」

「人違いでは御座いませぬ」


 男は坂田の詫びを訂正し、顔を上げるとしっかり相手の目を見据える。

その容姿は、力の入った頼もしいもので、己の歳より一つ上に思えた。



「先任の目付執行(めつけしっこう) 鳥什丸(うちまる)(にん)()かれ…此度(こたび)から(それがし) 松平綱影 (まつだいらつなかげ)の命により、摂津守禦(せっつしゅぎょ) 儺斬衆(なぎりしゅう)の目付執行人として任を(たまわ)りました」


 歯切れの良い明快(めいかい)な口調で男は告げ、事情を理解した坂田の顔には、歓迎の笑みが浮かぶが同時に小寂(こさび)しい心情も窺えた。


「そうか…。 いつも唐突(とうとつ)に訪れるものだな」



 目付執行は綱影が育て上げた手駒(てごま)であり、儺斬衆への監視役に最低でも一人、同行させる規則となっている。

その為、綱影の(めい)を第一とし、規則や衆を乱す者があれば、すぐさま伝え、場合によっては処断する役目を担う。目付執行にはそうした大義があるが、密偵や刺客、下賤(げせん)などと(さげす)まれ、行く先々で無下に扱われる事が多々あった。



 しかし、一年(ひととせ)を共にあり、同じ(かま)の飯を笑い合って食した少年との日々は、坂田にとって家族と思い込むには十分な年月で、すぐには別れを受け入れられずその眼差しは遠い。

だが、新たに仕えるこの男も去る日まで、誠意をもって懸命に尽くしてくれるのだろうと思うと切なくも、もう愛着を感じ、それに相応(ふさわ)しくあらねばと強く思った。



「…名は、此度(こたび)も鳥什丸でよいのか?」

「はっ! 相違(そうい)御座いませぬ」


 問いに男はきちんと身を(つつし)んで答え、しっかり礼儀が仕込まれたその姿に坂田はより少年を重ねた。



「…ろくに別れを言えず名残(なごり)()しいな。 鳥什丸には…誠に世話になった(ゆえ)


 個を殺すために、目付執行は全て鳥什丸と(ごう)するが、やはり接すればそれぞれの味があり情が()く。

そうした(えん)を絶ち切るために、別れを交わせぬ決め事だと心得ていても気落ちする坂田を見て、男は表情を柔らめた。


「有難きお言葉に御座います」


 男は少年の代わりに礼を述べ、語を()ぐ。


「鳥什丸から言伝(ことづて)が…。 格別の御計(おはか)らいを至れり、まこと光栄至極(こうえいしごく)に御座いました。 何卒達者(たっしゃ)でお過ごしください、と」


 少年が残した伝言を聞いた坂田は優しく(ほころ)ぶが、一層喪失感が増して見える。


「礼を申すのはこちらの方だ。 寂しくなる。…――どちらのご一門に()かれたのだ?」


 何気なく尋ねてしまった坂田は、首を振った相手を見て、己の失言を恥じた。


「申し訳御座いません。規則ゆえ、申し上げられませぬ」

「すまぬ、そうであったな」


 坂田は素直に詫び、新たな従者となる男へ誠心誠意向き合った。


「手間をかけぬよう致す故。よろしく頼む、鳥什丸」

「はっ!」



 会者定離(えしゃじょうり)の縁を胸に刻みながら温かな気持ちで迎え入れる坂田の顔を、鳥什丸は穴が開くほど見詰める。



(あるじ)、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ん? 何でも申せ」


 坂田が(こころよ)く応じた為、鳥什丸は忌憚(きたん)なく尋ねることができた。



「その(あざ)は如何されたのです?」


 両頬の痣を問われた途端に坂田は慈顔(じがん)を無にし、長きにわたる沈黙が二人の間に流れた。



 そこへ万雷が、にやにやと鳥什丸に身を寄せ、頬に手を添えて声を潜める。


「皆まで言うな、女だ。 女に決まっておろう」

「ほぅ! 左様(さよう)ですか! これは存外(ぞんがい)…」


 鳥什丸は色恋に前向きな性格なのか、前のめりに万雷の冗談に食い付く。


「万雷ッ!!!」

「あいたぁああーー!!!」


 またもや坂田の逆鱗(げきりん)に触れ、(すね)を蹴られた万雷の悲鳴は、問屋街(とんやがい)をゆく大勢の人々を振り向かせた。



「存外…、気が短こう御座いまするな」


 世評と異なる坂田の印象に小首を傾げ、鳥什丸は大衆の好奇な眼差しから逃れるように、一歩引いて喧嘩(けんか)の行く末を見守った。






©️2025 嵬動新九

※盗作・転載・無断使用厳禁

※コピーペースト・スクリーンショット禁止

※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ