五章 十三丁 斬の報い
喜兵衛の動乱に、即座に反応したのは、主である片倉と。面相を隠した青年の一人である。
片倉は半端に履いた草履を脱ぎ捨て、喜兵衛の前方に身を滑り込ませると、片手で刀を抑え込み。動きを完全に封ずれば、配下を背に隠すよう翻り、後方から迫る殺気へ、眼力を飛ばした。
片倉の首元に刃が突き付けられ、――それは横に振るえば、喜兵衛の命をも掻き切れる位置で止まっている。
従者を護る為に身を盾にした片倉は、自衛の構えすら取れず、曝け出した首筋に刃が向けられているが、その場を決して譲らなかった。
「お収めくださいませ」
二人の首に刀をあてがう青年は、首巻で覆われた口からくぐもった声を発し、喜兵衛を見据える。
布を介した青年の声は座敷の隅まで通り、喜兵衛の耳にも触れている筈だが、当人は一向に刀を納める様子はない。
「儺斬の法――…人不殺を破れば、死の報いがあるとお忘れではありますまい」
青年は落ち着いた声色で殺意を漂わせ、片倉に目線を移した。
「承知しておる。喜兵衛、堪えよ」
片倉は冷静に答え、背後に庇う喜兵衛へ声掛けた。
しかし、喜兵衛は激高のあまり理性を失い。鯉口を切った喜兵衛の刀は、抑え付ける片倉の力と競り合い、がたがたと振れ続ける。
「喜兵衛 !!」
片倉は語勢を強める。が、叱責を受けようと喜兵衛は引かず、桜田へ唸り続けた。
その形相に死を重ねた青年は瞳を泳がせ、焦燥に駆られながら喜兵衛へ訴えかける。
「報いを与えるのが我等鳥什丸の役目。 ――どうか…、どうかお収めを…! 貴方様のお命、奪いたくありませぬ!」
青年は偽りのない本心を述べて懸命に諭し、心を動かされた喜兵衛は、暫しの時を要した後に、漸く力を緩めた。
喜兵衛が説得に応じ、ほっと安堵した青年は切先を下ろす。
殺意を向けられていた桜田は、身に迫る脅威が去った事で、喜兵衛を鼻で笑い。配下に護衛されながら、悠々と離れ座敷を発つ。
その去り姿に、怒りを再燃させた喜兵衛は、追おうと駆け出すが、片倉がそれを許さず。喜兵衛の身体を自分に向けさせ、暴れる両手を封じ込み、桜田が遠ざかるまで、片倉は共に耐えた。
桜田が視界から消えれば、喜兵衛の血相は徐々に後悔へ変じ、面前で主人の顔を潰した後ろめたさから、ぐったりと項垂れた。
「…やはり、お前を伴ふべきではなかった」
片倉は己を咎め、次ぎに浮かぬ顔で収刀する青年へ視線を向ける。
「手間をかけたな」
詫びを受けるも、役目とはいえ手に掛けようとした気まずさから、青年は目を合わせられず俯いたまま首を振った。
「…申し訳…ありません……ッ! ……こんな…つもりは…!」
喜兵衛は声を絞り出し、床板へ幾つもの涙を落とす。
「…――悔しくて…ッ!……弟は…まだ……九つだった…ッ!!」
くしゃくしゃに泣きながら思いを吐き出し、腕でいくら顔を拭おうと、涙は止め処なく頬を伝った。
「よく堪えた。 お前が手を下さずとも、この世に報いは必ずある、必ず。
……然れば、もう忘れよ」
喜兵衛の苦しみを和らげるように、片倉はその肩を摩り慰める。
儺斬が等しく科せられる、人を殺めぬ掟。最も重んじられる法を犯した果てを、目の当たりにした儺斬衆は、騒動の余韻が冷め遣らず、一様に静まり返っていた。
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