五章 十一丁 斬の報い
閉ざされた離れ座敷の戸は、内と外、両側から貌秘する青年等によって開け放たれ、軍議の終わりは告げられた。
役目を終えるや、綱影は一同に労う言葉も掛けずに、二人の従者を引き連れて足早にその場を立ち去り。残された衆らは、長き合議に草臥れた様子で、室内に差し込む温かな天日を浴びながら身体の凝りを解した。
「ふん、忙しなき男よ。 用が済めば不用とばかりに、無作法な」
縁側を通り表口へ向かう綱影の後ろ姿へ、加賀爪は愚痴る。
「まぁそう荒ぶられずに――…、おとと……」
そんな加賀爪を穏やかに宥める奥村は、立ち上がり逸れ、前方へ大きくふらついた。
隣の坂田が咄嗟に支えるが、一人では大柄な奥村を庇いきれず。向かいにいる加賀爪も、すかさず手を貸した。
「おお、大事ないか? 迎えが来るまで休まねば」
加賀爪は親身に接し、二人掛りで奥村を元の位置に座らせる。
奥村は顔色が冴えず、立ち眩みが酷い所為か、ぐっと目を閉じて顔を顰めているが、やがて借りを受けた二人へ、にこにこと目を細めた。
「……かたじけない。 此度の遠行が堪えましたようで…」
礼を受け取っても加賀爪は不安げで、先程の軍議では獣の様に威嚇していた強面の男が、怒り眉を下げて気遣う姿に、奥村は思わず吹き出した。
「然れども、勿体のう御座いますなぁ」
「むん? 何ぞ?」
体調が思わしくない筈だが、何処か上機嫌な奥村を見て、加賀爪は首を捻った。
「いえ。ご面相に似気なく、心ばせあるお方と思いまして」
顔はともかく心根は良いと、奥村は晴れやかに感じたままを言い、気詰まりな空間に緩みが生じる。
「ふ…」
「誰ぞ!今笑ろうたな!」
窃笑 する片倉を見落とした加賀爪は、板壁側の男達をおしなべて怒鳴り、怒号を受けた者達は知らぬ顔を決め込むか、憮然と機嫌を損ねる。
このがやつく場に興が冷めたように、無を貫いていた百地は最後まで余所余所しく、表口から出て行った。四十を越えても立ち姿には機敏があるが、何処かひねくれた顔付きの男が去った事で、隣席であった九条は気が楽になったという様に深く息を吐く。
「…事なきご様子ですので、うちもお先に失礼致します」
奥村が少し活力を取り戻したのを認め、九条は一同に軽く挨拶を済ませて楚々と立ち上がる。そして、去り際に目覆いの男を瞥見すると、男はそれを視界に捉えたかのように会釈を送り、九条は何も言わずに座敷を去った。
「まったく…、無情な者共よ! 黙って見ておらんで、誰か匙の一人でも呼んで来ぬか!」
「いえいえ、お気遣いなく。 誠に、はは! 勿体ない!」
文句を溢しながら自ら医者を呼びに行く加賀爪と、言われずとも行動が一致した坂田の心遣いを奥村は喜び。抱えの医者を同伴させている事を伝え、二人を引き留めた。
こうして迎えを待つ寸暇にも、人となりを十分窺え、交流の機を逃したくない丹羽は、盲目の男の背後にそそと近付く。
「のぅ卜部殿。 これから――」
言い切る間も待たず、卜部と呼ばれる男は消えた。
先程までその場で端座していた男が、神隠しにあったかのように一瞬にして姿を眩ませた事で、座敷内は水を打ったように静まり返り。
肝を潰し身を硬直させる丹羽は、ひらひらと目線を漂う紙を、見開いた眼で追う。
紙は幾度も翻りながら畳の上に落ち、肩から裂けた人型の和紙は、役目を終えたと告げるように男のいた場所へ身を横たえている。
――卜部の意識は、写し身から平生へ返り。
あの死相が刻み込まれた血染めの床から刀を取って、今日も不断の絶望へ向かうのだろう。
そう卜部の姿を、瞼の奥に思い浮かべた坂田は哀れにも哀れで、陰る己の面持ちを隠すように座敷を立ち去った。
「…残念に御座いますな」
事情を知るだけに胸が痛むのは奥村も同じようで、面を包み隠す青年の一人が形代を拾い上げ、懐に仕舞い込むのを鬱々と見詰める。
「……酒を酌み交わせるのは…、まだ…先になるやも知れませぬ」
奥村は心痛を隠さずに述べ。
訳知らぬ丹羽は、釈然とせぬ気持ちを抱えたまま、場の空気に流され疑問を口に出来なかった。
©️2025 嵬動新九
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