五章 五丁 軍議
時は限りの月となった江戸へ遡り、この日はとりわけ民草にとっては佳き日であった。
心地よい冬日和の日差しが、重ね着た衣服の上から柔らかく体を温め。
こんな良日、出歩かねば惜しいとばかりに民は街へ繰り出し気晴らしに興ずる。
江戸城の鬼門に創建されてまだ間もないこの寺院にも、参拝客が足を運び。並ぶものがないと云われる広大な境内には、桜が数多植えられているが、只今の霜寒の季では花は愉しめず。春の賑わう時期と比べれば、寂しく思う客足である。
だが名園と謳われるだけあって、月の形を模す松や、蓮池などの見所の絶えぬ寺内は、常に往来が盛んであり、多くの人々が散策の場として惹かれるのは必定といえる。
そんな華やいだ境内の一角に潜む離れ座敷では、転じて重々しい気が流れ、座敷内で二列に向かい合う男達は座して、時を待っていた。
十二人の衆は、厳めしい顔付きの者が多く。
年輪を重ねた者ほど、往年の戦場の記憶が、面構えに刻まれて見える。
男等の気難しい気配も相まってか、向かい合って腰を下ろすその様は、幕内の 評定 を想起させ、列を見渡せる中央最前の位置は、長が腰掛ける隙が設けられている。
長方形の屋舎に倣って二列は歪みなく真っ直ぐに伸び、長から遠ざかる程に位が下がる。それが儺斬衆軍議の際、明らかになる席順であった。
秩序立つ儺斬衆らの背後へ控えるのは、まだ二十に満たない青少年で、空間の四隅に四人。間に二人という風に、計六人の若者は等間隔に配置され、皆、黒染一色の衣装に身を包み。首巻を頭巾の様に巻き付けて口元を隠し、中には頭部も覆い、目元以外の様子が掴めぬ者もいる。
儺斬らと同様に髷を結わず、清潔感のある髪型を心得る若者達はよく躾けられており、畏まった態度で隅に控え。しかし目は鋭く、耳を研ぎ澄ませて、衆を監視するよう神経を尖らせていた。
当然ながら青年の役割を知る儺斬らは、各藩から寄り集まった頭とあって、逸脱のないよう自重し、深入りをせぬよう誰一人として若者達へ 干渉 する者はおらず。刀は膝の前に置き、瞬時に抜刀できぬよう左手側に柄を向ける流儀を破る不届き者はいない為、青年達の仕事は当面ない。
軍議開始を待つ間、儺斬らは手持ち無沙汰となり、板壁側の列に座する六人は、半端に開いた障子の隙間から庭を眺める事が叶う。が、縁側が背となる他の者は、飾り気のない殺風景な板壁と、男ばかりの近景である。
しかし、暇を好むとばかりに瞑想に励む者や、まるでそれが目的という様に仲間を探り見る者など、それぞれが時を実りあるものに役立て。特に、気を紛らわす者の的となったのが、 首長 に最も近い上座に位置する長身の男。
視線を一手に引き込むのは、紺地の布が高い鼻筋を通って覆い隠した両目にあった。が、盲目であろうと、誰よりも威儀を正す姿は、剣豪の風格がある。
歳は四十路も半ばあたり、柔らかい長髪を身綺麗に後ろに束ね、俯き加減で黙座するこの男は、ただそこに居るだけで、最も優れた武人である事を周囲の者に知らしめていた。
その常ならぬ才を漂わせる男の隣には坂田の姿があり、頬の痣はまだ消えやらず、額に包帯が巻かれた痛々しい様相は、男とは別の意味で人目を引いている。
碧眼の男に蹴り飛ばされた後、配下達の機転でその場を脱し、全身全霊をかけて江戸へと急いだが、軍議には間に合わず。議が取り遅れた責任は、坂田にひしひしと伸し掛かっていた。
従者を連れて江戸へ滞在する際の宿賃は馬鹿にならず、遅滞するほど衆らは迷惑を被った事になる。名門の出の者も多いが、財力は銘々の事情で異なり、遅参は決して笑い事で済まされる失態ではなかった。
その為、誰よりも早く 入構 し、きちんと全員に詫びを入れ、中には少々嫌みを溢した者もいたが、殆どの者が気遣いをみせ坂田を許した。
心にはまだ負い目が残るが、縮こまる事なく凜と胡座を搔く坂田の姿は、軍議へ頭を切り換え、責務を全うする質実な性分と、頭たる器を示している。
「何時ぞや振りの招集だ?」
板壁側三席目に腰掛ける加賀爪という男が、己の顔馴染みであろう者達に前触れなく話題を振った。
この男は乱れた眉と目鼻の強い、如何にも武者な風貌で、一見粗野な人物に思えるが、居住まいを崩す事はせず。不惑の歳も間近となれば、幼き頃より仕込まれた武家の作法が、しっかりと身に染み付いている。
盲目の男や、面識あるものが加賀爪と対話の気配をみせぬ為、その向かいに座す故旧の奥村が返答をした。
「確か…七年ほど遡るかと。 軍議を開くほどの大事とは何事でありましょうな」
奥村は加賀爪とは対照的な、おっとりとした人の良さそうな中年者で、歳は加賀爪より一回り近く上だが、二人は対等だとばかりに会話を繋げる。
「鬼などではあるまいな……。 碓井殿が生きておれば…」
加賀爪の言葉を遮って、娘の澄声がくすりと座敷を通り。
男だらけの場に似付かわしくない艶のある声は、対話に参ずる者達の視線をひきつけた。
©️2025 嵬動新九
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