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無貌ノ鬼  作者: 嵬動新九
序章
1/76

序開


 元和偃武(げんなえんぶ)


 戦乱絶えぬ日ノ本の世は、数多の悲嘆と怨嗟(えんさ)を幾重にも人々へ刻み込んだ。

 そして、大阪城が炎に包まれし大戦を幕引きに、歴史にまた一つ…。侍達は戦の終局を見出した。


 その新たな時代の始まりを元和偃武と(たた)え、ここに泰平の世を宣言したのだった。



 ――しかし、その泰平の世の(いしずえ)に陰りが生ずる。




 月は(うれ)うかの如く、 悠久 (ゆうきゅう)の時を共にしたであろう社殿(しゃでん)を照らし、けたたましく巻き上がる炎は夜空を赤く染め、やがて月を覆い隠すほどの黒煙が星躔(せいてん)を汚した。


 向かい合う 祓殿 (はらいでん)にも劣らぬ堂々たる宝殿(ほうでん)は炎に包まれ、左右に大きく口を開いた御扉(みとびら)の奥に本尊(ほんぞん)は無く。

 何とも哀れな空の宝殿は、崩れる(かわら)屋根に轟音(ごうおん)と共に押し潰された。



 正面にある 祓殿 (はらいでん)も、いつ何時火の粉が移り、燃立(もえた)つのか。



 しかし、宝殿と祓殿の間に向かい立つ二人は、立ち昇る炎も火の粉も、崩れ落ちた社殿すら眼中にはない。灼熱の炎が全てを呑み込もうと、機を窺うかのように踊り見下ろす中で、互いの姿をただ一心に正視している。




 祓殿を背にする者は、美しい黒髪を(なび)かせた青年であり。舞い散る火の粉を物ともせず(りん)と立ち、その端麗(たんれい)な容姿は月光を遮る深紅の炎で赤く染められている。


  今紫色 (いまむらさき)羽織(はおり)をはためかせ、まるで全身を血に染め上げたように、赤く赤く浮かび上がる青年の面差(おもざ)しは、(あわ)れみと怒りを宿し、その瞳は只管(ひたすら)に眼前の者へと向けられていた。



無貌(むぼう)の鬼とは…正しく…」


 そう呟いた青年の瞳の先には、古来より神に舞いを捧げる高舞台があり。その壇上には踊り狂う炎と、無貌鬼(むぼうき)と呼ばれた異形の鬼が青年を見下ろしている。


 炎を背にし、鬼は昏々(こんこん)たる陰影(いんえい)を帯びている為、青年は鬼の醜い全貌を全て捉えた訳ではない。


 膝にかかる程の、血色の長髪を炎の熱で踊らせ、頭部にある六本の黒角に禍々しい気配を宿すその鬼は、炎に身を焼かれる事も(いと)わず。片膝を崩して胡座(あぐら)を搔き、刀を(たずさ)えた青年を値踏(ねぶみ)みするよう薄笑いを浮かべては、その容姿を眺めている。



 やがて青年は音も無く刀を抜き、額の上までその切っ先を上げた。



「貴様だけは此処(ここ)で、斬らねばならんようだ」


 憐れみを断ち切った決意を宿す青年の言葉に、鬼は唇が失せ牙が剥き出した口元を歪めた。


 そして風に煽られた炎は、戦いを待ち()びていたかの様に喜び舞うと、(つい)に鬼の 醜貌 (しゅうぼう)を不気味に映す。


「――イイ……ツラダナァ…!」


 青年の容姿を指差し、呵々大笑(かかたいしょう)する鬼はゆらりと立ち上がると、自身が持つ茶蝋色(ちゃろいろ)塗りの、 京鹿子 (きょうがのこ)の花が装飾された(さや)を、後方へ投げ捨て刀を抜く。


 鬼の(かす)れきった笑い声が、(とどろ)き止んだその刹那(せつな)



 青年は地を蹴り、無貌の鬼へと刀を振り下ろした。






一章へ継ぐ――


©️2025 嵬動新九

※盗作・転載・無断使用厳禁

※コピーペースト・スクリーンショット禁止

※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止

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― 新着の感想 ―
宿命を背負った青年と異形の鬼が対峙する冒頭からその緊迫感がみっちりと伝わってきました
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