未来に咲く薔薇①
1
小さなランプの灯りだけを頼りに、その男は文をしたためていた。
全てはこの国のために。そして、身勝手な蹂躙に苦しめられている人々のために。
この国の変革は、“彼”の力なくして成し得ない。
ガチョウの羽で作られたペンに、インクを何度も滴らせて、男は丁寧に綴っていく。公的な文書ではないにしろ、読みづらい箇所があれば失礼にあたる。この書簡は、おそらく国を左右するものになるだろうから。
入念に書面を確認してから、書簡を丸めて懐にしまい、席を立った。
薄暗い部屋を、勝手知ったるままになんなく扉へと歩いていく。時折差しこむ月明かりが、彼の部屋を映し出した。
広い室内に置かれた装飾のない質素な家具たちは、この秀麗で高貴な男にはあまり似つかわしくないものだった。それでも好んで愛用しているのは、彼なりの戒めなのだろうか。
部屋を出ると、廊下を颯爽と歩いていく。豪華絢爛な美術品に囲まれた廊下に、男の足音が響いた。
男は、想像してみる。自分の前を凛々しい足音を鳴らして歩く“彼”の姿を。“彼”が統べる世界ならば、平等と平和は叶わぬ夢ではないだろう。
しばらく進んで、前方から兵士が一人歩いてきた。栗色の髪と右頬を縦断する傷跡が印象的な若い男だ。
「ルーダ様」
と、兵士は一礼をしたのち、敬礼した。
ルーダと呼ばれた秀麗な男は、特に兵士に目線を合わせることなく、懐の手紙を内密に渡した。
「ルカ殿へ」
去り際に、ルーダは小さく呟いた。
兵士はわずかに頷くと、何事もなかったかのように廊下を歩いていった。
再び廊下の先を見据えたルーダは、自分がしたためた文の内容を思い返していた。
時は来た。暴君ヨーゼフの時代は、この手で終わらせる。そして、新たな時代には、強く美しい心を持つ王をたて、王のために身命を賭す。
ルカ・クレアローズ。彼こそが、リボルバーヘルトの次期国王にふさわしい。
廊下に悠然と響く堂々たる靴音は、時代の変革を刻む音のように聞こえた。
いよいよ完結です。遅くなって本当に申し訳ありません。あと少しですが、お付き合いくださいませ。