タルトパーティー、始めます
「そういえば、春那さんは装飾具を好みませんね」
「え、ああ。イヤリングはよく落としちゃうから諦めたんですよ。ピアスは痛そうだったから開けてないし。料理するのに、指輪とかブレスレットはしないですからねー」
担当さんは、神様の下につくようになってから、少しだけ装飾が増えた。ここでは、みんな似たような服を着ているし、容姿もそんなに大きく変わらないから個人を判別するのには服の布の多さや装飾を見ているらしい。
ここに来る担当さん、今までそこまで見てきたわけではなかったけれど確かにその誰よりも神様の方が服に布をたっぷり使っているようだったし、装飾は間違いなく多かったけれど。
そんな人達だからか、あたしの返事に担当さんは苦笑いしていた。
「春那、半分間違い」
「ええ? 半分って……ああ、もしかして、髪飾りですか?」
にやにやと担当さんにからかうような笑みを向けていた神様、半分というのは一体どういったことだろうかと考えを巡らせれば、装飾具、に当たる物で担当さんに関わりのある物が一つだけ思い浮かぶ。
綺麗なバラを模した髪飾りは、今もあたしの黒髪の上ではなくベッドの上できらきらと輝いているのだから。
「分かっていらっしゃったのなら、そんな面白い顔をしないでください。
……お気に召しませんでしたか?」
「いえいえ! そんな事ないですよ! すっごく綺麗で壊したくないから飾っているだけで」
「そうですか。それでは、もう少し装飾を抑えた普段でも使えそうな物を、また贈らせてくださいませんか」
悲しい表情を見せる担当さんには申し訳ないんだけど、あたしが作った料理に対してのお礼にしてはいささか高価すぎる気がしているんだよね。それもあって、なかなか着けようと思える勇気が出ないというのもある。
それは担当さんも感じていたのかもしれない。わざわざ普段でも使えそうな物、と言ってきてくれるんだから。
「ええ? そんな悪いですって」
「いいから、貰っておきなよ」
「神様はそんな簡単に言うけど……」
「万が一、他の奴らにお菓子を差し入れてたことがバレた時に使えるから」
試験の時、担当さんにだけお菓子を差し入れたことがバレるとも思わないけれど。何せ神様をメッセンジャーとして使っていたのだ、そんなヘマをするような人ではない。ただ、保険をかけておくという意味ではいいのかもしれない。ただの好意からではなく、正当な対価をもらっていたのだと分かれば、後から指を指されようとも堂々としていられるだろうから。
「ああ、そういうことなら使ってください」
「さて、話もついたし、仕事にするよ。連れて来て」
神様の言い分に、担当さんはひとつ頷いて出ていった。晴れやかな表情に戻っていたから、あたしが受け取ると言ったことで少しは安心できたみたいだ。
「初めまして、よろしくお願いします」
戻って来た担当さんが連れていたのは、少し年上に見える女性。パンツスーツに、ヒールのあるパンプス。きっちり腰を曲げて挨拶をしてくれる姿を見るに、社会人として活躍していたんだろう。ここに来る人、この年代の人が多いんだよね。流行っているならきっと知っているし話が早いとかあったりするのだろうか。
「さっそくだけど、お願いしたいスイーツがあるの!」
「……スイーツ、ですか。あんまり手の込んだものは期待には添えないと思いますが」
自分の考えに夢中になっていたから、目の前の女性からのリクエストに少しだけ反応が遅れてしまう。いけない、今は仕事中だ。考えたところで、ここに来る人を選べるわけでもないのだから、あたしのやるべきことではない。
「タルトはどう? 私、予約していたお店に向かっている時にここに来たから」
「ああ、この間作っていたね。さっぱりしていて食べやすかったよ」
「それ! ぜひとも私に作っていただけませんか?」
「分かりました。それじゃあ、お待ちください」
ひく、と引き攣っているだろう顔を隠すように、女性と同じように腰を曲げて深く一礼をする。そうして、担当さんと女性がテーブルに座ったのを確認してから、神様の服を掴んでキッチンに入った。
「神様、なんでいきなりあんなこと言い出したの」
「だって春那、明らかに引いてただろう? 自分の味がプロに敵うわけないって」
「う……そう言われるとその通りなんだけど。予約が必要なお店だよ? 絶対美味しいところじゃん」
カスタードクリームだけだったら前に樹さんにもらったレシピがあるから自信はあるけれど、他の部分はまだ勉強中だ。しかも、お店に向かっている最中にここに来たのだったら期待だってしているだろう。
最後の食事になるのだったら、美味しいと思うものを食べてもらいたい。そのために自分なりに頑張っているつもりだけど、どうにもならないことだって確かにある。せっかく食べに来てもらっているんだから、がっかりさせたくないのだ。
「一つの味で敵わないなら、何個作ってみれば?」
「へ?」
「だから、一つだけだと記憶の味と比べられるけど、種類があれば、目の前のだけで比べられるじゃない」
「なるほど。それなら神様、がっつり手伝ってね!」
前に食べたさっぱりしていたもの、それはついこの間のおやつで食べたものだろう。それなら簡単に作れるから、神様には果物の皮剥きをお願いしよう。
「グレープフルーツとオレンジは薄皮剥いて、レモンは輪切りでお願いします」
「うわ、大量」
「たくさん、作って比べてもらうんでしょ?」
「言ったからには責任を取らないとね」
言葉は呆れたようなものだったけれど、神様の顔は楽しそうだったからたぶん、面白がって皮を剥いてくれるだろう。その間に、あたしはクリームを作っておかないと。今回は、大量に作るからタルト生地は市販で売っているものを神様に用意してもらった。あ、でも一緒に焼きたい物があるからそれは作らないとだな。
「卵と、牛乳、それからお砂糖っと」
タルト型に伸ばした生地に、材料を全部混ぜたものをゆっくりと流し入れていく。香り付けに使ったバニラエッセンスが、ふわりと甘い匂いを漂わせている。もうこれだけで美味しくなるやつだ。
そのままオーブンで三十分くらい焼けば、エッグタルトの完成。生地さえ作ってしまえば、フィリングはけっこう簡単なんだよね。
たくさんの果物をお願いしたから、神様はまだグレープフルーツと戦っていた。薄皮剥くのって、実を傷つけないように、って思ったら案外難しい。だけど、神様の前にはそこまで実の崩れたものは置いていない。やっぱり手先器用なんだよなあ、と思って見ていたら、実がきれいに半分に割れた。ああ、ちょっとは失敗しているんだなんて何故だか妙に安心していたら、半分をそのままぱくり、と口に運んでいる神様。
「つまみ食いしてるー」
「うわ、春那いつから見てたの」
「ついさっき。ねえ、もしかしてここにきれいなのしか並んでいないのって」
「さあ、どうだろうね?」
ニヤリと笑う神様は手慣れていたし、きっとこれが初めてではないだろう。別に多少つまみ食いしたところでその食材を用意しているのは神様だから、問題はないんだけど。
「あんまり食べたらタルト入らなくなるよ?」
「ご心配なく。その辺は考えてますから」
ああやっぱり、なんて思いながらも二人で顔を見合わせてクスクス笑う。何だか、最近の神様は感情がよく分かるようになってきた。それが、良いことなのかどうかは分からないけれど、あたしは今の神様の方が接していて楽しい。もしかして、そう思っていることが伝わっているからあえてそういう態度を取ってくれているのかもしれないけれど。
「あ、そろそろ焼けるかな」
そんな感じで楽しみながらタルトを作り続けて、テーブルにはたくさんの種類が並んでいる。
全部を大きなもので作ってしまうと食べきれないと思ったので、手のひらサイズの型でつくってあるから、こう、置いてあるだけなのにお店のディスプレイみたいに見えてくる。
神様、そうなることも見込んでいたんだろうか。それだったら素晴らしすぎる提案なんだけど。
「お待たせしましたー! エッグタルトは焼き立てですよー!」
「わあ、甘くていい匂い!」
「それじゃあ、お好きなだけめしあがれ!」
口直し用に紅茶とジュース、コンソメスープを用意した。しょっぱい系のおかずを用意しなかったのは、タルトを思う存分食べて欲しいと思う気持ちもあったんだけど、正直そこまで手が回らなかったのもある。
神様が剥いてくれた果物は、クリームチーズとヨーグルトクリームの上に飾り付けたし、レアチーズも生チョコも作った。それから、カスタードクリームたっぷりのタルトの上には苺を飾り、レモンは焼いたメレンゲと一緒に。ティラミスに、残った果物をこぼれるくらいに乗せたフルーツタルト。我ながら良く作ったとは思う。
だけど、女性が楽しそうにあれこれ選んでいるのを見て、それだけで作って良かったと心から思えた。
「最後にタルトを食べたいと思っていたけれど、こんなにたくさん種類を用意してくれるなんて思ってなかった。本当にありがとう」
じっくり時間をかけて用意した全てのタルトを味わった女性は、とても満足そうな笑みを浮かべていた。担当さんも嬉しそうにしていたのは、女性の心残りをなくせたことと、自分も甘い物をたくさん味わえた事に対してだろう。
レアチーズタルトは良く作ってと頼まれていたのでお気に入り。クッキー生地を砕いて敷くのも美味しい。オレオでも可。
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