ほっこり鶏だしお鍋
季節感はまるっと無視してお送りします。
「春那、あいつが来るようになってから楽しそうだね」
「え? そんなことない、と思うけど」
「その割にはお菓子の準備が良いんじゃない?」
ジトッとした目で手元を見ているけれど、これはもともとあたしが食べようと思って作ったタルトだ。クッキー生地と基本は一緒だから、多めに作っておけば型に敷くだけですぐに出来るから便利なんだよね。で、さっぱりしたい気分だったから柑橘系でまとめてみたんだけど。
「でも、神様は自分で気に入ったの呼び出せるでしょ」
今も大福を伸ばしながら頬張っているし。暑さ寒さも関係ないとはいえ、ここまでアイスばっかり食べているのを見ると、こっちのお腹が冷えてきてしまう気がする。
タルトが欲しいのならホールで作ってあるから用意できるけれど、そうではないらしい。
「あいつにも料理出すんだから、別に用意する必要なんてないのに」
「……神様、お菓子取られた子供じゃないんだから」
ぷいっと顔を背ける仕草を見せる神様が、大きな子供に見えてしまって笑いが漏れる。声を上げようものならご機嫌斜めになるのは分かっていたけれど、堪えきれなかった吐息はしっかりと神様の耳にまで届いてしまったらしい。
「ごめんって。今度のおやつは神様の気に入ったの作るから、許してよ」
「……別に、お菓子につられるわけじゃないけど。あれは美味しかったな、マカロン」
「分かった。今度作るね」
「楽しみにしてる」
にっこりと笑った神様は機嫌が直ったのか気分が良くなったのか、タルトを欲しがったので自分の紅茶のお代わりと一緒に持って行った。ヨーグルトクリームだったから、甘みはそこまで強くないけれど、美味しそうに食べていたから気に入ったんだろう。
ようやく話してくれるようになった試験のことを聞こうと思ったら、それよりも早く仕事を持ってきたけれど。神様だって、初めから『神様』ではなかったのかもしれないし、そのあたりの話はいつか聞きたいと思っている。
「こんにちは、でいいのかな。お邪魔します」
「ようこそ、いらっしゃいませ!」
「あ、そんな畏まらなくていいって。せっかく美味しい料理が食べられるんだから、もっと楽しみたいんだ」
「楽しむ、です……楽しむって?」
入って来た時にはノリの軽そうなお兄さんだったのに、あたしが言葉遣いを変えなかったら不貞腐れたように視線を送って来た。その顔は、ちょっと前にこたつの住人となっている神様で見た覚えがあるぞ。思わずぐるんっと勢い良く神様の方を向いてしまうくらいには。
その神様はあたしの様子なんて分かっているはずなのに、気づかなかったように担当さんとテーブルを陣取って話し込んでいる。
「それで、食べたい物は決まってるの?」
「あ、あのさ。それで相談なんだけど……」
「えーっと、それはあたしだけじゃ決められないから、聞いてきていい?」
「いい返事を待ってる!」
テーブルの二人を指さしてから、男性に告げれば、断られるなんて思ってもいないだろういい笑顔が返って来た。めちゃくちゃプレッシャーなんですけど。でも、ここでそういう事を言ってくる人、他にいなかったからどう答えていいのか分からないのも事実。
「で、みんなで鍋をつつきたいと」
「食べ終わったら、転生が待ってるんだろ? これが最後ならいい思い出作りたいじゃん」
太陽みたいな笑顔って、こういう人の事を言うんだろうなと思うくらい、ここにきてからずっと楽しそうだった男性の表情が、初めて曇る。
そうか、ここを出た人ってもうすぐ後に転生が待っているのか。行ってきます、なんて言われるから当たり前のように行ってらっしゃいなんて送り出していたけれど。あたしの挨拶が、最後のお見送りの言葉になるかもしれないのか。
「……説明したはずですが、ここでの記憶は」
「分かってる。覚えていられるかどうかは運次第、だろ?」
「理解できているのなら結構です」
担当さんはそれ以上何も言わないから、この場の決定権は神様にあるんだろう。男性もそれは分かったみたいで、黙っている神様の事をじっと見つめている。その視線に耐えられなくなったのか、はあーっと深く息を吐いた神様が諦めたように小さく手を上げた。
「……分かった、降参だ。今回は特例として認めよう」
「よろしいのですか」
「よろしいも何も、本人の強い希望なのだから仕方ない」
仕方がないと言いながらも、神様にも担当さんに笑顔が浮かんでいる。例えば、報告しないといけないんだとしてもこの二人の意見が一致しているならうまい事やるだろう。
それなら、あたしのやる事はただひとつ。美味しいお鍋を作る事だ。
「といっても、どんなお鍋が食べたいのか分からないんだよねー」
「そんなに種類があるものなのかい?」
神様は驚いているけれど、お鍋に使う具材もだし、スープだってそれこそ時期によってはスーパーの一角を占めるほどにはたくさんある。あの頃は選ぶの楽しいね、で済んでいたんだけど今回はその選択肢の多さは悩みの種だ。
「春那の思う鍋、でいいと思うけど」
「あの人もあんまり拘りなさそうだったからねえ」
なにせ、どんなお鍋が良いのかを聞いたら肉と野菜があれば良い、なんてものすごくざっくりした答えをくれたのだ。味付けだって任せる、と言ってそれっきり。今までと違う事が今日だけでたくさんありすぎて、一回頭が考えることを止めたくらい。
「鶏肉、白菜、お豆腐にキノコ類……あとは肉団子も作ろうかな」
「これで終わり?」
「んー、油揚げともやしも追加で! あ、餃子も美味しいよね」
冬の定番、寒い日には冷蔵庫にある食材を見て味付けを変えながらお鍋を楽しんでいた。初めからお鍋するぞ、と思いながら食材を用意するのは久しぶりで、ついつい楽しくなってしまう。
次々と用意する食材に神様が目を丸くしているけれど、お鍋って意外と材料が増えるものだ。〆は雑炊かラーメンか。あたし以外は男の人で食べる量だって多いだろうから、どちらも用意しておこうかな。お鍋が始まったらあんまりキッチンに立つことはしたくないから、追加する食材は今のうちに準備しておかないと。
「卓上コンロ、初めて使うかも」
「そういえばそんな物もあったね」
ここに来たばかりの頃に、どんな物を呼び出せてどれが無理なのかを知るために、手探りをしていた時のひとつ。他にもホットプレートとかもあるんだけど、あんまり使う機会はなかった。
「それじゃあ、スープだけは作っていこうか」
そうは言っても、お水に鶏ガラスープの素、お酒、お塩、お醤油に香り付けのごま油を混ぜるだけ。調味料を細々持って行く方が面倒なことになりそうだし、四人分だからかっていたけれど、お鍋はずっしりと重くなった。
さてどうしようかと思ったら、ひょいと横から伸びてきた手がお鍋を軽々と持ち上げる。
「春那はそっち。コンロ、だっけ。持って来て」
「え、うん。ありがとう!」
こたつで待っていた男性と、担当さんもひょいっと手を伸ばしてくれた。そう、こたつ。初めはテーブルで座ってもらっていたんだけど、こたつを見つけた男性が、お鍋をするならこっちがいいと主張したからだ。
あたしもその意見には賛成だったし、神様はこたつの主のようなもの。担当さんだけがどうしたらいいか分からなそうに眉を下げていたけれど、上司に当たるであろう神様からの一言に従った結果、四人でこたつに入りお鍋をつつくことになった。
神様が持って来てくれたお鍋に、用意した具材を混ざらないように並べていく。煮込んでいく間、男性の目はお鍋に釘付けだ。
「鶏肉に、軟骨混ぜた肉団子、野菜はたくさん用意しました!」
「おおー! すごい!」
とりわけ用の菜箸を用意してあるし、小鉢は各自に渡してある。薬味として柚子胡椒も準備した。ガラスで出来た蓋なので、中の具合は良く見える。肉に火が通っただろう頃合いで、蓋をそっと外すとふわりと湯気があがった。
「さあどうぞ、めしあがれー!」
「いただきます!」
肉と野菜が食べたい、と言っていた通り男性がまず取ったのは鶏肉と肉団子。白菜ともやしも一緒に取っている。
神様はどんな具材が用意してあるか全部分かっているけれど、一通り食べてみることにしたようだ。だけど、それはさすがに小鉢には収まりきらないんじゃないだろうか。
担当さんは、今まであたしの料理はお菓子がメインだったからお鍋の具材をじっくり見て、男性と担当さんの反応を確かめてから自分が取る具材を決めるようだ。
「え、肉うま! 団子もコリコリしててうまい!」
「ありがとう。まだあるから、たくさん食べてね」
「そのつもり」
大口開けたり、がっついたりしているわけでもないのにどんどん具材は減っていく。白菜は先に煮てくったりしたものと、ちょっとだけ火が通ったまだシャキシャキが残るものが混ざり合っているけれど、どっちも美味しい。スープを吸ったきのこと油揚げは噛むたびに旨味が溢れて来るし、お豆腐は口の中でほろりと崩れる。ピリッとした柚子胡椒をつけると、鶏だしの優しい味わいがよく分かる。
具材ももちろんだけど、何よりもみんなで同じものを分けて食べる、というのは久しくしていなかったので、熱いものを食べたからもちろん体から暖まっているんだけど、気持ちもぽかぽかとしてきた。
「こうさ、皆で同じものを食べて笑い合えるっていいよな」
「まあ、悪くはなかったよ」
「そう言いながらも、楽しそうに笑っていたじゃないですか」
少食なのかもしれないと思っていた担当さんもしっかりと食べたので、お鍋の中には具材がほとんど残っていない。だけど、残っているスープは入れた食材の旨味が溶け込んだものなので、これをそのままにしてしまうのは、ちょっともったいない。
お鍋は、〆まであってこそ、だ。
「三人は、お腹にまだ余裕はありますか」
〆を用意すると決めていたから、それなりに調整しながら食べていたけれど、あたしはもう、小鉢半分くらいで十分。だけど、三人はきょとんとした顔をしてからあたしの問いかけに頷いてくれた。
「雑炊と麺、どっちがいい?」
どっち? と聞きながら両手で差し出したものを、自分の気持ちをしっかり主張する男性ならきっとどちらか、ではないだろうなとは分かっていたけれど。
中華麺を食べ、雑炊にして最後の一滴まで綺麗に食べきった男性は、真夏の太陽のように眩しい笑顔を残していった。
思いついた時は、ちょっと肌寒かったんです……
最近は、レンジでチンするお鍋がお気に入り。すこしだけ食べたいときに便利ですよね、元はラーメン用の容器でしたが。
お読みいただきありがとうございます。




