ホットドッグと黄金のしゅわしゅわ
神様側の事情。こんなことがありました。
神様が誰かに呼ばれたり。ここに誰かが訪れて来たりもほとんどなく、仕事も試験があると聞く前と同じくらいに定期的に入るようになって。
何となく、おやつの時間に少しだけ多くクッキーを用意していたけれど、担当さんがこの場所を訪れることはなく。試験の結果だって神様に聞いても分からないとしか返ってこないから、聞くことも減ったのに、その答えは突然、やって来た。
そう、あたしがお菓子を差し入れて、試験を受けた担当さんがやって来たのだ。
「お久しぶりですね。いろいろと、ありがとうございました」
「え、あれ、担当さん……?」
「ああ。それを着てきたってことは、そういうことか」
あたしの後ろからゆったりと姿を見せた神様と、担当さん。二人だけで何か納得したように頷き合っているけれど、あたしには何の事だか全然分からないから説明して欲しいんだけども。
茶色がかった金髪を緩い三つ編みにしているのも、眼鏡をかけているのも前と一緒。だけど、着ている服が今までと違う。
今までがローブのようなものだったから見た目は似ているのに、神様の服に近いものに変わっている。装飾も動きに合わせて揺れる布も少ないのは、その人の位を判断する材料にでもなっているからだろうか。
「ねえ、神様たちだけで分かってないで説明して欲しいんだけど?」
「今回の試験は、この方の下につく者を決めるためのものだったのですよ」
「だから俺が一切関われなかったんだよね」
神様が試験についてあいまいな答えを返してくるのは、あたしに話せない事だからだと思っていたんだけど、自分に関係する試験だったから神様も内容とかを詳しく知らなかったからだそうだ。まあ、自分の部下になる人を選ぶ試験だったら神様は関われないだろう。内容を知った神様が、誰かに話してしまうなんて事を防ぐためにも。
「これから、ここに人を連れてくるのは私が担当することになります。どうぞ、よろしくお願いいたしますね、春那様」
「うえ!? あ、あの普通に呼んでください!」
「ですが……」
「様付け外してくれないなら、おやつは二度と渡しません!」
我ながら焦って変なことを口走ったと思ったけれど、おやつ抜きは担当さんに思っていた以上の効果があったようだ。慌てた様子で眼鏡を押さえたり、視線を彷徨わせたりしていたけれど、どうにか様を抜きにしてもらう事には了解を得た。呼び捨ては出来ないというのと、丁寧な言葉遣いは変えられないと言い張られたけど。
「それで、神様。これからあたしはどうしたらいいの?」
「どうしたら、って?」
正式に役が決まったから挨拶に来ただけで、これから転生待ちの人を連れて来るから、と一度帰った担当さん。その背を見送ってすぐにあたしはこたつに戻ろうとしている神様を掴まえた。
担当さんが受けた試験の内容までは知らなくても、どんな試験をするかは知っていたんだから。しばらく顔を合わせていなかったのに、久しぶりに会ったと思ったらまさかの神様の部下になっているだけでもびっくりなのに、おそらく今までの立場よりも上になっているはずだ。
あたしが前のように気楽に接していいのかどうなのか、確認させてほしい。担当さんの上司、になるはずの神様にこうやって砕けて接しているのは置いといて。
「別に春那が態度を変える必要はないよ。そもそも、ここにいる時点でそれなりに立場があるからね」
「それ、初めて聞いたんだけど?」
「言ってないし、外に出ない以上必要ないだろ?」
いきなり転生を待っている人に癒しが必要だから料理を提供します、なんて言われたうえに、作っているのがここの人じゃないのだから。どうしたって反発はあるだろうなと思っていたのに。ここに来る担当さん、あたしに対してあんまり変な視線を向けてきたりとかあからさまに拒絶するような態度を取らないことは不思議だった。それは神様がここにいるからだと思っていたのに。
だけど、どうやらあたしは知らない間にある程度の地位をもらっていたようだ。それも、おそらくここを訪れた担当さん、その誰よりも上のものを。
「ま、あいつなら春那がどんな態度取ったって問題ないだろ。なんたって、お菓子の恩があるからな」
「ええ……そういうものなの?」
「気になるなら、この後本人に聞いてみたらいいんじゃないか?」
「そうだね。そうするよ」
そんな会話をして、こたつに戻った神様と一緒に休憩していたら、担当さんが戻って来た。連れてきたのは、茶髪をお団子に纏めた女性。入ってきてすぐ、ここの事を興味深そうにぐるっと見回した瞳は、楽しそうにキラキラと輝いている。
「初めまして! 今日はよろしく!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「早速なんだけどー」
カウンターにささっと座った女性は、くいっと何かを示すように手首を動かした。えっと、その仕草は何となく想像がつくんですけども、それは用意することが出来ない。
「あのですね、申し訳ないけどあたし未成年だったんですよ」
「え、そうなの? あの美味しさを知らなかったのねー」
残念、と笑うけれど、女性はあんまり残念そうにはしていない。本当こればかりは申し訳ないと言うしかないんだけど、あたしが食べたことのない食材は神様の力でも呼び出すことが出来ない。神様も知識だけで実際の物は分からないから、ここではアルコールの類は味わうことが出来ない。リキュールは出せるから舐めてみたけど、味がしないんだよね。
「んー、でもしゅわっとしたものは欲しいんだよねー。
……炭酸は? 飲める?」
「炭酸なら飲めますよ」
「それじゃあ! ジンジャーエールとホットドッグをお願い!」
たぶん、女性の仕草から本当に欲しかったのはビールだったんだろう。炭酸で、色も近いジンジャーエールを代わりとしてもらえたのは助かった。
ホットドッグも、料理としては簡単だからそこまで待たせることなく用意できるだろう。
エプロンを着けて、やる気満々でキッチンに入って来た神様には申し訳ないけど、今回はあんまり作業がない。
「春那、何をしたらいい?」
「そしたら、キャベツ切ってもらおうかな」
このくらい、と千切りの細さを神様に見せれば、頷いて返してくれた。女性と担当さん、あたし達の分も作るし、キャベツは炒めるとしんなりしてかさが減る。たくさん切ったのに思っていたよりも量が少なくなるので、自分が考えているよりも多く切ってもらっても問題ない。
「レタスでもいいし、玉ねぎだって美味しいけどね」
なかに挟む野菜がキャベツじゃなければ美味しくない訳でもない。もともと、ドイツでソーセージを食べる時に手掴みだと熱いからと、パンで挟んだことが始まりだったはずだ。
ちょっと乱暴な言い分かもしれないけど、ソーセージがパンに挟んであればホットドッグだと言っていいだろう。コロッケを挟んだら、それはコロッケパンになるのだし。
「切ったキャベツはどうするんだい?」
「あ、そしたら炒めてくれる? 味付けは塩胡椒で」
はい、とフライパンを手渡せば、分かった、とすぐに返事が来る。ボウル一杯になっているキャベツを炒めるのは少しばかり大変だろうけど、神様にはぜひとも頑張ってほしい。
火が通ってしんなりとしたキャベツ、結構好きなんだよね。パリッとしたソーセージと食感が違うのも食べていて楽しいし。
「さて、と。ソーセージ茹でますかね」
茹でる派と、焼き派。茹でてから焼く派もあるから、なかなか決着はつかない。人の好みはそれぞれだし、その時の気分によっても違うから全部美味しい、でいいと思うんだけど。
きのこたけのことか、粒あんこしあんとか。そうやってどっちが美味しいと主張する中でまた新しいものが生まれるから、決着はつかなくてもいいのかもしれない。そうしたらきっと美味しいものが増えていく。
「春那ー、出来たよー?」
「それじゃあ、パンに挟んでくれる? そしたらソーセージ乗せるから」
「はいはーい」
味付けは自分でしてもらおうかと思って、ケチャップとマスタードを用意する。ピクルスは薄切りと細かく切ったものの二種類。
あと、お酒を飲む人だったらたぶんあってもいいだろうと思ってチーズを溶かす準備だけはしておいた。トロッとしたものをソーセージの上にかけるの、間違いないと思うんだ。味も少し濃くなるから、しゅわっとした炭酸で口の中を流したくなるのは、お酒を飲めなくてもあたしだって一緒。
「お待たせしましたー! ケチャップとマスタードはお好みで。あと、チーズの準備も出来てます」
「何それ幸せ過ぎる提案なんだけど」
「あはは! 用意してきますね」
「ありがとうー! お先にいただきます!」
女性が嬉しそうにケチャップをかけて、ホットドッグを食べ始めたのを確認してから、準備してあったチーズを溶かす。トースターで温めるだけだから、簡単なんだけどね。
スライスしたトマトを挟んだり、チリソースにしたりとアレンジが利くのもホットドッグのいいところだ。ソーセージだってたくさん種類があるし。あたしはレモンと胡椒で味付けしてあるソーセージが好きだった。
「チーズがけですよー。熱いから気を付けてくださいね」
「んんー! パンはサクサク、チーズの塩気もちょうどいいし最高!」
ぷはあ、と渡したジンジャーエールがビールにしか見えない飲みっぷりを見せてくれた女性は、満足そうに席を立った。
担当さんも一緒に出ていったから、聞きたいことはほとんど聞けずに終わったけれど。これからもあの人が来ると言っていたし、よろしくという歓迎の意味も兼ねて、おやつの時間に誘ってもいいだろう。
ビールは年齢が上がるにつれて美味しいと感じるようになりました。ですが、お酒は弱いので缶一本も飲めません……お酒は楽しく飲めればいいのです。
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