6.若き王は白百合の女神の幻を追い求める(番外編)
好野カナミ(@Ka73_Y)様より表紙絵いただきました! とても嬉しいので番外編を更新しました。カナミさんはカクヨムにて小説を連載中で挿絵も自分で書いていてとっても可愛いです。
https://kakuyomu.jp/users/ka73
今回の番外編はサブタイトルの通り、もしかしたら需要の無いかもしれない王様視点でございます(笑)5話目でちらっと出てくるちょい役の王様なんですが、一度書いてみたかったんです。
忘れられない女性が居る。
月明かりにきらきらと輝く金髪に希少なパライバブルーの瞳が私の心を正確に射抜いた。容貌の美しさは言うに及ばずだったが、何よりも強く惹かれたのは瞳だった。彼女は私の周りに群がる貴族のご令嬢たちとは違う野生の鷹のような誇り高い王者の目をしていた。
私の女神は、ある晩突然現れた。
深夜警備が最も手薄になる時間とは言え誰にも気づかれずに彼女は私の寝室の窓辺にふわりと降り立った。彼女は、私の……王の寝室へと忍び込む豪胆さがある。男装していて城の兵と同じ軍服姿だったがそんな無粋なものでは彼女の肉体美を隠し通すことが出来なかった。猫のようにしなやかなばねのある体をしている。きちんと日々鍛えている身体だ。胸はほとんどないというささやかさだったがきっとまだ若いのだろう。今後に期待だ。
ちょうど眠りが浅いタイミングだったから、私は彼女と目が合った。少し驚いたように目を見開いた彼女はいたずらな子猫のようなあどけなさがあった。
清らかな女神のごとき美しさに見惚れ、私は一気に冷静さを失った。彼女が敵だとか不審者とか暗殺者だという発想すら浮かばなかった。そんな誰かに仕え汚れ仕事をするような下劣な者であるはずがない。
誰かを呼ぶなんてもってのほかだった。私の目以外に彼女を触れさせたくないとすら思った。嫣然と女神が一笑しただけで、私は息すら忘れてしまった。彼女自身がほのかに発光しているかのような不思議な光に包まれていて、あまりに神々しくて私は彼女の前にひれ伏さなければならないような気がした。女神の望みなら私は何でもする。信仰心にも似た感情があふれて、私は彼女の言うことを聞く誓いを自分で立てた。
それにしても彼女の内に秘めたる情熱、可能性に私は感嘆せざるを得なかった。彼女は私に会うために王宮へとたった一人で乗り込んだ。厳しい警備をかいくぐり誰にも悟られずに王の寝室まで到達できる実力と、そのためのち密な計画を立てられる知力を持っている正体不明の私の女神。私は彼女の魅力に全面降伏してしまった。この女性が欲しい。何としても欲しい。
実際に女神が私の寝室に居た時間はほんの瞬きの間でしかなかったかもしれない。執務の休憩にお茶を一杯飲み干すくらいの短い時間だった。それでも人が恋に落ちるのに時間は問題じゃない。私にはいまだかつてない幸せな時間で生涯を共にしたいと思える素晴らしい女性に会えたのだ。私の正妃にふさわしい。彼女しかありえない。
女神は私の身体に危害を加えることなく、私の心だけを盗んで行ってしまった。
私は今までいい歳になったのに正妃を娶らなかった。私のために忠臣達やおせっかい焼きの貴族達が何度も舞踏会を開いてくれた。野心家の高位貴族達はこぞって自分の娘を売り込みに来た。どの娘もそれぞれに美しかったが……それだけだった。芯の強さを感じられない。
私が欲しいのは、私の隣に並び立って、私と共に同じ目線で国政という孤独な戦いに身を投じ、人々の平和な生活を守る重圧を背負い、お互いを支えあい、対等に愛しあえる戦友だ。女性に求めるには荷が勝ちすぎると宰相からも言われたが、そうだろうか? 女性は優秀だ。しなやかで従順に見えてもいつの間にか我を通すし、体力こそ男性に劣っても、女性には女性の戦い方がある。夢見がちだと言われても、一国の王とはいえ愛する人と結婚して幸せになりたいし、甘やかされて浪費になれた美しいだけのご令嬢よりは、一緒に働くことを厭わない普通の女性の方がよっぽど好きだ。変わり者だと言われてもどうしても譲れない。
だからこそ私は、深夜こっそりと私に会いに来てくれて私の心を奪っていったあの女神を探すことに決めた。彼女は美しいだけじゃなかった。隠し切れない才能の片鱗を感じた。私に会いに来てくれたということはきっと私のことが好き、いや愛しているのだ。でも奥ゆかしい女神は私から見つけ出すのを待っている。むしろ彼女からの「私を見つけてみなさい」という挑戦状かもしれない。
うむ。よろしい受けてたとう。待っていてくれ私の女神。
私は忙しい国政の傍ら、女神を探すためにあの手この手の死力を尽くしていた。そして最近貴重な手がかりを見つけた。
「アレックス・エメリヒ・ヴォルケンシュタイン伯爵がいらっしゃいました」
「うむ、通してくれ!」
ヴォルケンシュタイン伯爵は元々農民だが若くして軍属を志願して兵団へ入った。その後めきめきと頭角を現し軍人となり魔術の天才的才能を認められて今や伯爵まで上り詰めた英雄だ。国民からの絶大な人気がある。宰相や一部の高位貴族達は危険視していたが、いつのまにか擁護派に代わっていた。きっと彼の人柄の良さが伝わったのだろう。
ヴォルケンシュタイン伯爵は薄い金髪とアイスブルーの端正な顔立ちをしていて、柔らかい笑顔がとても印象的な好青年だ。正直、適齢期のご令嬢のターゲットが彼に移ったおかげでかなり私は助かっている。彼にはその時点で好印象を持っていた。
初めて会った時は不思議と気づかなかったがこの前夜会で会った時に思ったのだ。夜だと瞳の色がもっと濃く蛍光しているように見えるのだな、と。どこかで同じ瞳を見たような気がして、わかった。私の女神の瞳の色と同じだと。考えてみれば、髪の色だって同じだ。顔だちもよく似ている。ヴォルケンシュタイン伯爵は軍閥系の貴族としてよく軍服を着ている。私の女神も城の警備兵と同じ軍服の男装をしていた。つまりヴォルケンシュタイン伯爵と私の女神は何らかの血のつながりがあるが違いない。女性の身で軍服を手に入れられるということは、身内に軍部の者が居るということだからな。これはきっと優しい彼女からのヒントに違いない。
夜会の時に私はそれがわかってしまい居ても立っても居られなくなった。だが、夜会の席でヴォルケンシュタイン伯爵を呼びつけて女神について聞き出そうとすれば、ほかの貴族達にも私が女神を探していることがばれてしまう。彼女の偽者を連れてこられても困る。何とかヴォルケンシュタイン伯爵と二人きりで会う機会を作らなければ! 私は夜会そっちのけで考えた。そして「今後の軍備増強計画と辺境防衛拠点の重要性についての方針」という小難しい議題を思いつき、ヴォルケンシュタイン伯爵に「ぜひ実地経験を交えた意見を聞きたい」ともったいぶった理由までつけて王宮の執務室まで呼び出すことに成功した。
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執務室で軍備についてはさっさと話し終えると、メイドにお茶を出させながら私はヴォルケンシュタイン伯爵に私の女神のことを滔々と語った。彼女の美しさ、素晴らしさ、私は余すところなく誰かに話したかったのだ。私はもう彼女しか欲しくない。早く私の女神に会いたい。
ヴォルケンシュタイン伯爵は柔和な笑みを浮かべながら私の話に聞き入っている。
軍人らしく口数は少ないが、ちゃんと聞いていますという態度がとても好ましい。それになんだか女神と似ているせいか、女神から見られているような気がして頬が熱くなって、心臓がどきどきと勝手にうるさくなってくる。まずいぞ? なんだかヴォルケンシュタイン伯爵がやたらキラキラしているように見える。金髪は薄く輝いているし、瞳が……女神と同じパライバブルーだ。アイスブルーよりも複雑な光を放って至高の宝石のようだ。近くで見れば目が本当にそっくりだ。やはり兄妹なのだろうか。ヴォルケンシュタイン伯爵同様とても優秀な人物に違いない。……それにしても彼も美しいな。
「それでアレックス、私の女神はだれなのかどこにいるのか教えてもらえないか?」
私はずばり本日もっとも聞きたかったことをアレックスに尋ねた。お茶を三杯おかわりするころには、私はヴォルケンシュタイン伯爵をファーストネームのアレックスで呼ぶまでにすっかり信用していたし、アレックスからも私のことはもう義兄上と呼んで欲しいと思っていた。私が女神と結ばれれば身内になるのだし、国家の英雄を王家に縛り付けられる絶好のチャンスでもある。
「……そうですね」
アレックスは残っていたお茶をこくりと飲み干してから小首をかしげた。
「私から答えてしまったら、女神の挑戦に負けたことになるのではないでしょうか?」
にっこりとほほ笑んだ顔は女神とよく似ていたが、アレックスはずっと艶やかに見えた。女神は白百合のような清純さだったが、アレックスはまるで満開のバラだ。芳醇な香りがいっそ享楽的で否応なく吸い寄せられてしまう。まるで中毒性のある媚薬のようでもっとずっとそばで見ていたい、何でも言うことを聞きたいと思ってしまう。
「そ、そうか」
私は頭を振って突然降ってわいたおかしな考えを払った。いったいどうしたんだ。アレックスが見た目通りの好青年だからつい信用してしまうんだな。まあいい。そのうち義兄弟になるのだから。しかし負けというのは困るな。負けとはどういう意味だろう? 負けたらもう彼女は現れないという意味だろうか?
つまり、私から迎えに行かないと会えない理由があるということか!
はっと閃いた。アレックスはこれだけ女神にそっくりなのだ。血のつながりは間違いないはず。もしかしたら双子なのかもしれない。双子は忌子で隠されて育つしな。きっと女神は何か事情があって隠されて不便な生活を強いられているんだ。そしてきっとアレックスも助け出せないでいる。もしかしたら口に出すことすら何か魔術的に禁じられてるのかもしれない。危なかった。安易に答えを求めたら永遠に女神に会えなくなるかもしれない。女神は危険を冒してまで私に見つけて欲しくて姿を現したのだ。やはり次は私が、私の力で見つけ出さなければ。
「では私はこれで」
「う、うむ大儀であったな」
アレックスは綺麗な笑顔を浮かべて軍人式の退出の礼をして執務室を出ていった。去っていく背中が名残惜しい。女神によく似た彼ともっとずっと話していたかった。そうだ。側近に召し抱えられないか打診してみよう。アレックスと仲良くなればきっともっと新しい情報が得られるはずだ。
……私の女神に早く会いたい。だがアレックス・エメリヒ・ヴォルケンシュタイン伯爵に自分の力で見つけるようにくぎを刺されてしまった。いや違うかもしれない。善良なアレックスの性格を考えれば、言える範囲で最大限の助言をしてくれたのだ。私をどこかで待つ女神のために、いつか必ず私の力で見つけ出してプロポーズする。そうだ。女神に似合う白百合の花束を抱えていこう。
私は希望を胸に、我が国を女神に誇れる国にするために今日も執務に励むことにした。
いかがでしたでしょうか。物理的に絶対にむくわれない王様の片思いでした(笑)
ところで新作の宣伝です。
『むくわれない恋はミステリー風味~バッドエンドはハッピーエンドに~』https://ncode.syosetu.com/n1319gt/
を現在連載中です。こちらはちゃんとハッピーエンドになります(笑)