決別
俺たちは、急いで高い塀を登る。
ガシャン!
後ろで門が壊れる音がした。
「みんな!急げ!」
ゾンビたちが、こっちに歩いてくる。先に、龍一が塀の反対側へ飛び降りた。続いてジェイ。泰明は、莉子を登らせ、自分も塀の外へ。俺は、手こずっている美月を手助けしてから、最後に外へ出た。
塀の向こう側で、ゾンビの呻く声だけが聞こえる。
「おい!ちんたらしてねぇで、さっさと行くぞ」
俺たちは、他のゾンビに見つからないよう、静かに歩いた。
「で、これからどうする?」
俺はみんなに聞く。
「他の場所探すしかねぇだろ。あそこが一番よかったのになぁ?まあ、手頃な家探して、そこに住む」
龍一が答えてくれた。
あれ?なんか声が聞こえる・・・?
ゾンビの呻き声が、聞こえた気がした。
「みんな!後ろに!」
突然の莉子の言葉に、心臓の鼓動が速くなる。振り向くと、たくさんのゾンビが向かってきていた。
もう追ってきたのか!?
「走って!」
泰明が叫ぶ。俺たちは走りだした。走れば、ゾンビを振り切れるはずだ。そう思った。でも、俺は、龍一が足を引きずりながら、なんとか走ろうとしているのを見た。一歩踏み出す度に、顔が歪んでいる。泰明たちは、気づかずに先へ行ってしまう。俺は、もう玲のようなことは繰り返したくなかった。
「龍一!」
俺は龍一のそばまで行き、龍一の腕を自分の肩に回して、一緒に走った。どうやら、龍一は走れないようだった。どうして走れないのか、事情はわからない。しかし、俺は龍一に助けてもらった。その恩がある。
「お前。俺のことはいいから、先に行けよ!」
「いいから!出来るだけ走れ!」
「うるせぇよ!助けも、同情なんかもいらねぇ!」
口ではそう言うが、龍一はおとなしく、俺と一緒に走っていた。だが、やはり遅く、なかなか振り切れない。と、前に人影が見えた。
「隼人くん!」
美月だ。いないのに気づいて、戻ってきたくれたんだ。
「早く!みんな先で待ってる!」
俺たちが美月のところまで来ると、美月は案内してくれた。角を曲がる。
「この先の工場にいるの!」
「わかった!」
俺たちは、急いで工場へ向かった。美月が、古びたシャッターを開けてくれる。俺は、龍一と中に入った。後から美月も入り、シャッターを閉めた。
「はぁぁぁー」
思いっきりため息をつく。疲れた。龍一は、痛そうに足をさすっている。
「ヨカッタデス。フタリトモブジデ」
「あー、ジェイ」
「トチュウデ、ミツキサンガキヅイテクレナカッタラ、オイテイクトコロデシタヨ」
「そうだな。美月、ありがとう」
「うん」
美月は頷いた。そこで、俺はあることに気づく。
「あれ?泰明は?」
「え?」
全員で辺りを見回すが、ここにはいない。
「あれ?でも、一緒にここまで来たんだよ?」
「うん。さっきまでいたね」
莉子が同意する。
なら、泰明は、いったいどこに行ったんだ?
「先に、中の様子を確認しに行ったのかもな」
俺は言う。みんなも納得したような顔をした。
「んじゃ、俺たちも行くぞ。中にゾンビがいるかもしれねぇしな」
龍一が立ち上がり、工場の奥へと進んで行った。俺たちも、気をつけて後に続いた。
ここは、どうやら使われていない廃工場のようだ。至るところに、物が散乱している。壁は剥がれて、大きな穴が空いているところもあった。
「なあ、おい」
ふと、後ろから声をかけられた。そこには、龍一が立っていた。
「ん。何?」
「いや、別に」
龍一は目を逸らしながら、「悪かったな。さっきは足引っ張って」と言った。俺は驚いたが、「いいよ」と答えた。
「足、悪いの?」
「前に、事故って足が動かなくなった」
「え、でも、今立ってるよね?」
「わーってるよ!んなこと!歩けるようにはなったけど、走れなくなったんだよ!」
「あー、なるほど」
それ以上の会話はなかった。
それからしばらくして、俺たちはまた集まった。
「泰明さん、いなかったね」
そう言ったのは莉子。
「ソウデスネ。ドコニイッタノデショウカ」
「はぐれたとか?最後に見たのはいつだよ?俺と龍一が来たときにはいなかったよな?」
「んー。工場までは入ったと思うんだけど・・・」
美月は、俺と龍一を探しに、来た道を戻った。泰明と一緒にいたのは、莉子とジェイだ。俺は2人に聞く。
「出て行くところとか、見なかった?」
「見なかった・・・」
「ミマセンデシター」
どちらも答えは同じだった。
「なら、いったいどこに行ったんだろ」
「待てよ。あいつ、食料全部持ってなかったか?」
龍一の言葉に、俺たちはお互いの顔を見合わせる。みんな、焦りと不安な顔をしていた。
誰も、食べ物を持ってない・・・?
「くそっ!」
龍一が、そばに転がっていたプラスチックの箱を蹴る。箱は劣化していて、呆気なく崩れた。
「どうすんだよ!」
「これじゃ、飢え死にするだけってこと?」
美月が、心配そうに聞く。俺は、うんとも、いいやとも言えずに黙っていた。
食べ物はない。全部泰明が持っていたはずだ。その泰明はどこへ?・・・はぐれた?いや、一緒にここまで来たんだ。途中ではぐれた可能性はない。実際、ここに入るところを莉子とジェイが目撃している。じゃあ、どこへ行ったんだ?
「逃げた・・・?」
「・・・え?」
俺のこぼした言葉が、美月に、いや、全員に聞こえてしまった。
「逃げたって、泰明さんが?」
美月が、俺の言葉の意味を確認する。
「うん。かもって思って・・・」
「それはない!よりによって、泰明さんが!」
莉子は全否定のようだ。
「ワタシタチヲオイテ、ニゲルハズガナイデショー」
「俺だって、信じたくないさ!でも、それしか考えられないんだよ!」
俺は、握る手に、グッと力を込める。
「逃げたのか・・・」
ふと、龍一が呟いた。そして、ニヤリと笑いながら言った。
「そうか、逃げたのか。なら、やることは1つしかねぇよなぁ?」
龍一は、俺たちの顔を見回した。
「なんだよ?」
俺は尋ねるが、龍一はニヤニヤと笑ったままだ。気でも触れたか?つい、そんなことを思ってしまう。
「俺は、もうお前らと一緒にはいられねぇ。ひとりで行動する」
「は?ちょっと待てよ!」
「なんだよ?泰明みてぇに、食料全部持って消えちまうような奴らと、一緒にいられるかよ!?」
「まだ、泰明が逃げたと決まったわけじゃないだろ!?それに、俺たちが仲間をおいて逃げるようなこと、すると思ってんのか!」
「ああ!思ってるよ!所詮、お前らは俺が助けてやったようなもんだろ!それなのに、泰明は食料を持って消えちまった!・・・悪いが、お前らも絶対にやらないとは言い切れねぇんだよ!」
そう言い捨てると、龍一は出て行ってしまった。
俺たちのやり取りを、不安そうに見守っていたジェイが、龍一を追いかけた。
「隼人くん。これから、どうしよう?」
「・・・」
わからない。どうすればいいのか。龍一と泰明がいなくなり、食べ物もない。
俺は、その場に立っているしかなかった。何も言わず、ただ足元を見つめて。