そして別れ、また2人
龍一を追いかけていったジェイが戻ってきた。龍一の姿はない。
「セットクシタンデスガ、ダメデシタ・・・。ヒトリデイッテシマイマシタ」
ジェイは、すまなそうに言った。
「いや、いいんだ。しょうがないよ・・・」
辺りは静けさに包まれた。その沈黙を破ったのは、あの不気味な声だった。
「ぅぅ、ゔゔゔ」
工場の奥の方で、ゾンビの呻き声が聞こえてきたのだ。俺たちは頷き合うと、俺はバットを構えてゆっくりと進んだ。後ろからジェイがついてくる。
いた!
ゾンビは1体。大きく穴の空いた壁の近くでウロウロしている。おそらく、あそこから入ってきたのだろう。ゾンビが後ろを向いている隙に、俺はゾンビの背後に回った。そして、その血がこびりついた頭に、バットを振り下ろした。
「がぁっ」
ゾンビは短い声を上げて、そのまま倒れた。俺は、穴の向こうを確認した。ゾンビはいないようだ。
こいつだけか・・・。
「隼人くん!危ない!」
突然、美月の声。後ろで何かが動く気配がした。しかし、俺が振り向く間もなく、起き上がったゾンビは倒れ、俺に寄りかかってきた。
「うわああああ!」
俺は、ゾンビを体から離した。ジェイは、握った両手を前に構えている。まるで、ボクサーのような構えだ。
「ワタシハ、モトプロボクサーダッタモノデ、ウデノチカラニハジシンガアルンデス」
「へ、へえ〜」
すごい。ゾンビを素手で殴ったのか。ゾンビの後頭部が凹んでるのって、元からだっけ?
「これからどうする?」
俺は聞く。だが、みんな俯いたままで何も言わない。
しばらくして、ジェイが言った。
「ワタシ、コレカラハヒトリデコウドウシヨウトオモイマス」
「え?」
ジェイを見つめる。ジェイも、気まずそうに足を地面に擦りつけている。
「ミナサンハ?」
「私は、隼人くんと一緒にいるよ。その方が安心だし、頼りになるし・・・」
美月の言葉にドキッとする。「駄目かな?」と聞いてくる美月から、慌てて目を逸らした。顔が熱くなる。
「お、おおお俺は、別に、いいけど・・・。莉子はどうするんだ?」
初めて出会ってから、あまり話したことがなかった莉子。「おはよう」の挨拶くらいだ。
「私は・・・ひとりでも大丈夫」
それは、莉子もひとりで行動するということだろうか?
「え?本当に大丈夫なのか?女の子だけで、ゾンビと戦えるの?」
「・・・大丈夫」
「ねえ、莉子ちゃん。私たちと、一緒にいない?」
美月も言うが、莉子は首を振るだけだった。
「いいの、大丈夫。私にも考えがあるから」
「そうか・・・」
なぜか、それ以上説得できなかった。莉子だけで、生きていけるはずがないのに。しかし、俺の口は動かない。
嫌、なのか?莉子を連れて行くのが。
今は、龍一も泰明もいない。ジェイもいればよかったが、ひとりで行くと言っている。もし、莉子も俺たちと一緒に行動するとして、俺は守れるのか?2人を連れてゾンビに囲まれたら、生きてはいられないだろう。
莉子を心配するフリをして、内心、「断ってくれ」と願っていたのかもしれない。
「ソレジャア、マタアエタラ」
「うん。じゃあな」
廃工場の前で、俺たちは別れた。ジェイと莉子は行ってしまうが、俺と美月はしばらくここに残ることにした。
「じゃあね。莉子ちゃん」
「はい。美月先輩も、お元気で。玲ちゃんのことで、あまり悩まないで下さいね」
「うん、ありがとう」
美月は、悲しそうに微笑んだ。
あれ?あいつら、いつの間にあんなに仲良く・・・。
「莉子ちゃん、これ」
「?」
美月は莉子に、包丁を渡した。俺と、コンビニで会ったときから持っていた包丁。
「え、いいんですか?」
「うん、持っていって」
「ありがとうございます」
莉子は、美月から包丁を受け取った。
「じゃあ、またね」
「はい」
俺たちは、ジェイと莉子が見えなくなるまで見送った。無事でいられるといいな。ジェイも莉子も。龍一や、いなくなってしまった泰明も。
俺たちは、工場の中へ再び入った。
「美月。あんなに莉子と仲良くなってたとはなー。『美月先輩』とか言われてたし」
「うん。少しだけど、玲ちゃんと遊んでくれていたの。それで、仲良くなって」
「へえ。莉子って、中学生くらい?」
「うん。でも、しばらく学校行ってなかったんだって」
「そうなんだ・・・」
莉子は不登校だったのか。初めて会ったとき、関わりづらいなと思ったのは、なんとなくわかった。莉子には、近寄りがたい雰囲気があったのだ。
「美月、今日どこで寝る?」
「んー、そうだね」
どこか、寝られるところがあればいいけど・・・。
「隼人くん。あそこはどうかな?」
美月が指を差した方向を見る。そこは、2階へと続く、階段の先にある扉に向けられていた。
2人で階段を登り、扉を開ける。中は随分と綺麗に片付いていた。
「これなら寝られそうだな」
「あ、えっと・・・、2人で、同じ部屋?」
「え、あ、いや、俺は〜、他の場所を探すよ」
俺が部屋を出ようとすると、後ろから服の袖を引っ張られた。
「うん?」
「いいの。一緒の部屋で」
「え、でも・・・」
「隼人くんは、変なことしないって信じてるから。平気だよ」
「あ、ありがとう・・・」
うん。別に、変なことなんて考えてないし。俺は紳士だ!(自称)
外が暗くなると、俺たちは落ちていた布を毛布代わりにした。ひんやりと冷たい床に、背中が痛む。けど、贅沢は言えない。
「みんなは、今頃どうしてるかな」
壁際に横たわっている美月が、ポツリと言った。その反対側の壁際にいる俺にも、その声は聞こえた。
「そうだなぁ。今頃、どっかで寝てるんじゃないかな。俺たちみたいに」
「そうかもね。・・・玲ちゃんがいたら、今頃・・・」
俺は、はっとして美月を見る。部屋は薄暗く、美月は壁の方を向いていたため、顔は見えなかった。しかし、その肩が少し震えている。泣いているのだ。
「美月、あんまり気にするなよ」
「無理だよ・・・。私、玲ちゃんと一緒にいるって、約束したのに・・・」
「しょうがないよ。玲が外に出たのは、親を見つけたからだし」
「え?そうだったの?」
美月が振り向いた。目が合った、と思う。暗くてよくわからなかったけど。
「うん。玲はゾンビに向かって、『ママ』って言ったんだ」
「そっか・・・。でも、あんな最期ーー」
ドンッ!
突然の物音に、美月が黙る。俺の上に、静けさがずっしりとのしかかる。
「・・・」
「・・・」
「なんの、音だ?」
「わ、わかんない」
俺はビクビクしながら、そっと部屋の扉を開けた。
「ゔゔゔ・・・」
「ぐぇぇぐゥゥ」
扉の隙間から漏れたゾンビの声。もう散々聞いたが、ぞっとする。
「ゾンビがいる」
美月に小声で伝える。美月は、静かに上半身を起こした。
「俺が行くから、美月はここで隠れてろ」
「嫌だよ、私も戦う。ゾンビの声がすごい聞こえるよ?たくさんいるんじゃないの?」
「いや、美月はここにいろ。いいな?」
俺は美月の返事を待たずに、バットを握りしめた。音を立てないように注意して扉を開けた。




