23話 触手系魔王幹部襲来Ⅲ
早朝の五時に避難を開始した。
二十キロの移動を七時間で計算しており、大荷物や子供への負担、モンスター警戒などの要素を考慮すると甘い見積もりとなるけれど、諸々の準備が整うまでには寝ずの作業でもこの時間までかかったらしい。
「ではミューズさん、村を頼みました」
村長や衛兵のおじさんたちが敬礼をして遠くへ去っていく。みんな徹夜の仕事だったので疲れが見えるものの、瞳には使命感をみなぎらせていた。
大移動なので大分時間がかかっている。行列の周囲を衛兵が取り囲み、モンスターからの襲撃に備えるそうだ。
この感覚には覚えがある。
そう……あれは引きこもりだったニート時代。普段は部屋から出ない私だけど、親が出張でいない日は心置きなくリビングでくつろげるので「早く行かないかな」とそわそわしていた。留守番をする子供のワクワク感に近い。
しばらくするとみんな行ってしまい、村は途端に静かになった。
生活感は残っているのに音のしない空間は、別世界に連れていかれたような不気味さがあった。
やったね、今なら中央広場で全裸になってオナニーもできるよ。
陵辱されるのに性欲を発散するのはもったいないからやらないけど。
「さて、ひとまず舞台は整ったわけだけど」
ぴょん、とエニグマがどこからか出てくる。神出鬼没な妖精はむつかしい顔で腕を組んだ。
「実際、今のキミはダルダルに勝てるのかい? <全反射>を含むスキルは無効化してくる相手だ」
「負けるつもりだけど? 何のために避難させたと」
「…………」
「なによ」
「負けたとしてその後はどうするつもりだい。下手をすればそのまま世界が滅びかねない」
エニグマの指摘の通り、オークに敗北するのとはわけが違う。ダルダルの火力に対抗できるのは魔法少女だけ。私が負ければそのままゲームオーバーの可能性すらある。
「大丈夫だよ。満足したら殺せばいいんでしょ」
「自信家を越えて過信家だ」
「それに、いざとなったらこれを使うよ」
私はいつもつけているネックレス――<心の絆>を首元から取り出す。
リリスちゃんの蘇生に使用したものの片割れだ。もう魔力は使い果たしているものの、ちょっとした機能が残っていた。
「実はこれ、ピンチの時に祈れば<心の絆>の片割れに救援信号を送られるんだよ。他にも、持ち主が死んだときも信号が送られる」
「……どういうことだ?」
「私が負けてどうしようもなくなったらリリスちゃんに信号が送られるので、きっと助けに来るよ」
<心の絆>とは元々神話に出てくるアイテムだ。知らぬところで妻を殺された神様が悲しみ、蘇生させるために作った魔法石である。二度と悲劇が起こらないよう、妻の命が危ないときは片割れを石を持つ神様へと信号が送られるように設計したらしい。また、互いの命がある限りほのかな青い光を発し続ける。
そんなことを説明すると、エニグマは目を丸くした。
「知らなかったな」
「説明はされなかったからね」
ゲームでは主人公が死ねばそこでゲームオーバーなので、完全に死に設定となる。本編では説明されておらず、アイテム詳細解説のタブを開くとようやく知れる情報だ。
そのことをエニグマに説明する。
「それはリリスも知っているのか? 信号を送っても伝わらないなら意味ないぞ」
「それは大丈夫。言語とか記号的信号じゃなくて、虫の知らせというか、使用者の脳内に直接情報を流し込むようなシステムだから」
「あー……神話の時代のアイテムだもんな」
理屈はわからないけどその情報が正しいと確信してしまう、という不思議な体験を引き起こす。
「しかし……リリスはダルダルに勝てるのか?」
「余裕だよ。あの子もレベルカンストしてるし」
私がやりこんだおかげで当時のパーティーメンバーは最強ステータスになってる。
二周目の推奨レベルを考えてもまあ大丈夫だろう。
「――とと、そろそろだね」
不意に、肌を刺す不快感に襲われる。
空を見上げるとだんだんと分厚い雲が周囲に増殖していった。周囲の魔力濃度が高まっている証拠だ。
近くにいるだけで息が詰まるような感覚。
これが魔王軍幹部の威圧感というものなんだろう。
「来たね――ダルダル」
瞬間、村の上空に巨大な魔法陣が現れた。巨大なタコ型モンスターがゆっくりと出てくる。割とトンチキ寄りの見た目のくせに風格のある登場だった。
しかし本当にデカい。かなりの上空に出現したはずだが遠近感が惑わされるほどだ。
タコ型と言う通りメインの触手は八本あるが、それとは別に細めの触手が無数にうねっている。本能的な恐怖をあおる姿だった。
ダルダルは私を見下ろす。
「復讐の刻、来たれり」
「うわあ、やな声」
ギリギリ聞き取れるものの不愉快な声だった。
「魔法少女……人類史上最大の卑怯者め。巧妙なトラップで我を溶岩に突き落とした無礼者」
「いやあれはあんたが勝手に焼きダコになっただけじゃない?」
本編一周目のダルダル戦はギミックバトルだった。
イメージはマ〇オのク〇パ城。ク〇パの後方にあるスイッチを押したら床が抜けて溶岩に落下するが、あんな感じでステージに隠されているスイッチを起動するとダルダルの浮遊魔法が無効化されて溶岩に落ちるのだ。
ギミックさえ理解していたら瞬殺なので、ネットでは設定上強いのに弱いボスとしてネタキャラ化している。
「黙れ! おかげで我はホカホカのタコ焼きとなり、周囲にいたモンスターに美味い美味いと食われ続けたのだ! 後日☆5のレビューが届いたぞ!」
「よかったじゃん」
「屈辱だバカ者! 肉体をすべて食われ、魂だけになった我は洞窟の奥底で魔力を蓄積し、こうして復活したのだ。すべては貴様に復讐を果たすため!」
ゆでだこみたいに顔を真っ赤にして怒っている。
自称IQ5000だけど、ちょっとおバカさんだったりする。
「この場所ならば我をジューシーに焼く溶岩もない。
さあ――存分に戦おうではないか!」
ダルダルの目が光る。
魔力を帯びた、赤色の輝き……
「呪いよ覆え……すべての加護を食らい尽くせ!」
赤い目から赤い波動が放たれる。
ズン、と胸をわしづかみにするような振動に襲われた。
<沈黙の印:すべてのパッシブスキルを無効化する>
全身が痺れるような感覚になる。急いでステータスをチェックすると、前回と同様にすべてのパッシブスキルが機能不全状態になっていた。
……<全反射>もオフになっている。
これなら……行ける!
「こっちだよダルダル!」
興奮する心を落ち着かせ、まずは場所を移動する。街中で戦っては周囲に被害が及んでしまう。挑発スキルで私にターゲットを集めつつ、少し離れた草原へ誘導した。
今年のプリ〇ュア映画が面白くてぇ……




