第79話 ― 波形の癖
翌日のライオネル本社は、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
ガラス張りの廊下を抜け、解析室へ入る。
端末の青白い光が、整然と並んだ机を照らしていた。
ユウトは席に着き、深く息を吐く。
目の前の画面には、問題となっている発光事例のログが並んでいる。
本来なら、ここまで詳細なログを外部の研修参加者が閲覧することはない。
個人情報と発光記録は、厳重に管理されている。
だが今回は特例だった。
後から知ったことだが、レオンCEOの判断らしい。
――「見せてやってくれ」
その一言で、閲覧権限が下りたという。
(……やっぱり、気づいている)
ユウトは画面に視線を落とす。
波形の立ち上がり。
共鳴の同期率。
感情振幅の補正値。
数字は正直だ。
だが、どこかが妙だった。
(整いすぎている)
自然発生の発光は、もっと荒れる。
感情の揺らぎがノイズとなって波形に現れる。
だが、今回の事例は違う。
立ち上がりが滑らかすぎる。
ノイズが少ない。
まるで――
揺らぎを“調整”したかのように。
ユウトの指が、無意識にスクロールを止めた。
(……似ている)
レゾナ。
感情の誤差を排除しない設計。
揺らぎを“情報”として扱う思想。
あれは壊れないための技術だった。
人に寄り添うための機構だった。
だが。
もし。
その揺らぎを逆算し、安定方向へ導いたら?
共鳴を強制的に揃えたら?
理屈の上では、不可能ではない。
ユウトは、息を止めた。
(いや……証拠はない)
ただの推測だ。
似ているというだけだ。
だが、もう一つ気づいたことがある。
波形補正のかけ方に“癖”がある。
共鳴前の微細な振幅を切り捨てず、少しだけ残す。
完全に均一にしない。
ほんの僅か、個体差を残す。
それは――
(俺の設計思想だ)
レゾナ開発時、最後までこだわった部分。
“完璧に揃えない”という選択。
そこまで思考が至った瞬間、ユウトは椅子から背を離した。
偶然だ。
似ているだけだ。
そう言い聞かせる。
だが胸の奥に、小さな棘が刺さったまま抜けない。
技術は、人を便利にするためのものだ。
出来なかったことを出来るようにする。
寄り添うための機構。
それが、制度を揺るがすために使われているとしたら。
憤りが、じわりと湧く。
好きな相手と結ばれること自体を否定する気はない。
だが、義務婚制度がある限り、発光は法の領域だ。
それを“操作”することは、明確な逸脱だ。
ユウトは画面を閉じかけて、止めた。
(……誰が)
そこまで考えた瞬間、端末が震えた。
着信。
画面に表示された名前を見て、心拍が一瞬だけ跳ねる。
――カイ。
数秒、迷う。
だが、出ないわけにはいかない。
「……はい」
『お疲れ様。今、大丈夫?』
いつも通りの声。
穏やかで、軽い。
「ええ。問題ありません」
『昨日の話、どう感じた?』
単刀直入だった。
ユウトは一拍置く。
「技術者として、考える価値のある問いだとは思います」
嘘ではない。
だが本心の全てでもない。
電話の向こうで、小さく笑う気配がした。
『やろ? あれ、感情論やない。技術の話や』
「……そうですね」
『俺はな、可能性を閉じるのが一番怖いんや』
言葉は柔らかい。
だが、どこか試すような響きがある。
『ユウト君は、どう思う?』
問いが、重い。
ユウトは視線を端末の黒い画面に落とした。
そこに映る自分の顔は、いつもより硬い。
「……まだ、判断できません」
それが精一杯だった。
『そっか』
短い返答。
沈黙が落ちる。
『また、ゆっくり話そう』
それだけ言って、通話は切れた。
静寂が戻る。
ユウトは、端末を見つめたまま動かなかった。
偶然かもしれない。
だが。
カイは、発光の可能性を前提に話していた。
まるで――
確信を持っているかのように。
ユウトはゆっくりと息を吐く。
(……まだ疑うな)
証拠はない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
自分の中で、何かが始まってしまった。
それは、問いではない。
疑念だ。
そしてその疑念は、
もう簡単には消えそうになかった。
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