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第30話:誘導

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「港のルート、金の流れ、密会の写真……全部一本に繋がってる」

蓮司の眼差しが狂気に灼け、黒炎を宿した刃のように笹本を貫いた。

その瞳は人の理を超え、視線を浴びるだけで皮膚が焼ける錯覚すら与える。

逃げ場はなく、睨まれた者は否応なく、狂炎の鎖に縛り上げられていく。

笹本の目が揺れ、視線が夜景の彼方へと逃げた。

煌めく光に縋るように、現実から目を背ける。

わざと与えられた沈黙の隙間で、笹本は必死に言い訳を探し始めた。

(……業務提携の打ち合わせだ。それで押し通せる。いや、正式な助成金の説明にすり替えれば……?

くそ、送金ルートまで突かれているなら“研究支援”とでも言うしかない……だが、あの写真……!

まさか、握手の場面まで記録されているとは……)

額から伝う汗が首筋を冷たく撫で、視線は宙を彷徨う。

頭の中で組み立てる理屈は、どれも途中で崩れ、出口のない迷路を彷徨うように空転していた。

(秘書まで……見られていたのか? どこまで掴まれている……? どこに隙間が残っている……?)

その時、笹本の視界に、ゆっくりと蓮司の口が動き出すのが映った。

(やめろ……まだ答えがまとまっていない……)

(……や、やめろーー!)

心の防壁が定まらない、その一瞬。

笹本の動揺を見逃さず、蓮司は牙を剥いた。

——畳み掛けるなら、今だ。

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その瞬間、蓮司は片手で机を叩き、もう一方の腕を大仰に振り上げる。

「承認前の薬を若い連中に打ち込んで……何人、殺した!笹本!」

蓮司は声を荒げた。それは刃のように鋭く突き刺さる。

まるで群衆を煽る独裁者のように、狂気の身振りは言葉の勢いを倍加させ、空気を圧縮していく。

睨み据える眼光と荒々しい仕草が一体となり、笹本を逃げ場のない鎖に縛りつけた。

朝比奈は思わず息を呑み、光のアイコンも一瞬だけ明滅が乱れる。

——味方ですら、その狂炎の演説に呑まれそうになっていた。

「ち、違う……! 私じゃない! 堂島と東条が——あいつらが殺したんだ!」

声は裏返り、必死に責任を押しつける。だが言葉の端々に焦りが滲み出ていた。

その言葉を遮るように、蓮司は両手を振り下ろす。

狂気のジェスチャーが空気を叩き割り、笹本の言葉ごと押し潰す。

「……あいつらが殺した? 違うだろ!」

「治験で命を削り……そして承認をわざと遅らせた“空白”で、どれだけの患者が救われずに死んだ!」

指先がさらに鋭く突き出される。

「お前がそう決めたんだ! “犠牲”として切り捨てた!」

笹本の瞳に苛立ちの炎が燃え上がる。

「必要な犠牲だ! そうでもしなければ進歩など——!」

言葉の途中で、笹本は自分の口が滑ったことに気づき、青ざめる。

だがもう遅い。蓮司は間髪入れずに追撃した。

「必要? 何が必要だって言うんだ!」

蓮司の瞳に、怒りと悲哀が混じる。

「お前の妻もだろう……笹本。あんたが守るはずだった人間まで、その“空白”に呑まれて消えていたんだぞ!」

笹本の喉がひくりと鳴った。

握りしめた拳が震え、視線がわずかに泳ぐ。

一瞬だけ、その顔に人間としての弱さが滲んだ。

笹本は唇を噛み、数秒の沈黙のあと、投げやりに吐き捨てた。

「……生き残る技術のためだ」

その言葉が空気を裂いた瞬間、室内に重い沈黙が落ちた。

誰も動かず、誰も息をしない。

笹本自身も、吐き出した言葉の重さに押し潰されるように肩を震わせていた。

蓮司は無慈悲に呟いた。

「完落ちだ」

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その瞬間、光のアイコンが真紅に変わり、モニターに【言質取得】の文字が浮かぶ。

同時に、セーフハウスの榊原と真鍋が外部回線にデータを送信。

——蓮司の背後で燃え盛っていた炎が、ゆっくりと収束していく。

さきほどまで室内を呑み込んでいた狂炎は、吐息とともに萎み、ただ焦げた空気の熱だけを残して消え去った。

残ったのは、人ならざる狂気ではなく、一人の人間としての蓮司の姿だった。

ドアが音もなく開き、黒いスーツ姿の刑事たちが静かに室内へと歩み入った。

だが、その一歩一歩が確実に笹本を追い詰め、退路を封じていく。

先頭の刑事が低い声で告げる。

「——笹本信一。厚生労働省官僚にして現・病院理事長。

医薬品医療機器法違反および業務上過失致死の容疑で逮捕する」

カチリ、と金属音が室内に響く。

笹本の肩がわずかに震え、そのわずかな揺れが威厳の崩壊を物語っていた。

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蓮司はゆっくりと背筋を伸ばし、朝比奈に目配せする。

「背中、守ってくれて助かった」

朝比奈はタバコを口にくわえ、短く返す。

「任されたからな」

笹本が刑事に連れられ、夜景を背に消えていく。

煌めく摩天楼の光の中で、その背はあまりにも小さく、無力に見えた。

残された室内には、焦げた空気の匂いと、なお消えきらぬ熱だけが漂っている。

その沈黙を破るように、光は静かに告げた。

《終わりではありません。鎖の上流は、まだ残っています》

蓮司の笑みがゆっくりと消え、窓外の闇を見据える。

——戦いはまだ続く。

静かな予感だけが、焼け跡のような余韻となって部屋に残った。


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