第28話:最後の鍵
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セーフハウスの中央モニターに、これまで集めた証拠が並んでいく。
港の搬入記録、送金履歴、笹本とヴェルジオン幹部の密会写真——どれも鋭いが、決定打にはならない。
《これらは全て、状況証拠に留まります》
光の冷静な分析が、空気を一気に重くする。
「……ってことは、あいつの口から言わせるしかないのか」
蓮司の声には、苛立ちが混じっていた。
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蓮司が低く呟いた。
「……じゃあ、俺の“躁”の能力で、あいつと対峙して言質を取りに行く」
光の声が、すぐに鋭く返ってくる。
《ですが、今のあなたは鬱期です》
「わかってるよ。だから——俺に火を灯せ、光」
蓮司はゆっくりと顔を上げ、薄く笑った。
「怒りと憎しみの炎をよ。一連の事件の間、ずっと鬱に沈んでた。……けど今は違う。怒りと憎しみで、勝手に躁転しそうなんだよ」
光はその変化を感じ取り、わずかに沈黙した。
《……しかし——》
声が途中で途切れる。
ここまで来れば、蓮司の能力に頼るしかないと理解していたからだ。
「だから今回の一件を、一から十まで全部だ。細かいとこまで、俺に叩き込め。俺に怒りの炎を灯せ!」
「蓮司……」朝比奈の声が低く響く。
それは制止ではなく、覚悟を確かめる声だった。
榊原と真鍋が、状況を掴みきれずに口を開く。
「……どういうことですか?」榊原が問う。
「俺たちにも説明しろ」真鍋がかぶせる。
光のアイコンが淡く明滅しながら説明を始めた。
蓮司が抱える病——双極性障害。
鬱期は感覚が研ぎ澄まされ、人の呼吸や足音から距離や心理状態を察知できる。
躁期は思考と判断の速度が爆発的に上がり、情報を瞬時に整理・活用できる。
だが——どちらも心身を削る。
そして今回は、鬱から強制的に躁へ引き上げるため、その反動も振れ幅も極端になる。
さらに、急な躁転や鬱転は「ラピッドサイクラー」を引き起こす危険がある。
「……ラピッドサイクラー?」真鍋が眉をひそめる。
《通常は十か月前後の周期で波が来ますが、ラピッドサイクラーは年に四回以上の躁鬱を繰り返します。その心労は尋常ではありません》
「つまりどういうことだ?」
《つまり——寛解が、これまで以上に遠のくということです》
一瞬、誰も言葉を発しなかった。
その緊張の中で、蓮司だけが静かに笑った。
「……それでもやる。今は止まれねぇ」
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「……聞きたくない奴は外に出るか、耳でも塞いどけ」
蓮司の声は低く、しかし刃のような鋭さを帯びていた。
光のアイコンが一瞬だけ強く明滅し、覚悟を決めたように告げる。
《では——今回の一連の事件を、時系列で全て話します》
真鍋は眉をひそめ、「タバコ吸ってくる」とだけ残して部屋を出た。
榊原は唇を固く結び、苦しげな顔をしながらも椅子から動かない。
朝比奈は腕を組み、瞼を閉じたまま耳を傾けていた。
光の声が淡々と、しかし一切の感情を込めずに事実を並べていく。
——第7病棟の構造、承認前の薬剤投与、港からの搬入ルート。
——実験対象が10〜20代に限られていたこと。
——真鍋の拉致と隔離。
——そして、鎖の先に笹本の名が浮かび上がったこと。
その全てが、蓮司の胸の奥に積み重なり、燃えるような熱へと変わっていく。
呼吸は深く、大きくなり、肩が上下するたびに体温が急上昇していくのがわかる。
顔は赤く染まり、額には細かな汗が浮かび——その身体から、まるで蒸気のような熱気が漂い始めた。
光が最後の一言を告げる。
《……そして、この連鎖は、まだ終わっていません》
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その瞬間、蓮司は前傾姿勢になり、目が血走り、頬の筋肉がピクピクと痙攣した。
その言葉が脳に響いた瞬間、蓮司の内側で何かが弾けた。
視界の輪郭が異様にくっきりと浮かび上がり、空気の揺らぎすら色を帯びて見える。
心臓は狂ったドラムのように速まり、思考は滝のように溢れ出す。
——俺は今、燃えてる。怒りで、憎しみで、そして何より、生きている実感で。
周囲に目を向けると、3人の心情が手に取るようにわかった。
榊原は困惑に眉を寄せ、真鍋は口元を引き結びながらも恐怖を押し殺している。
そして朝比奈でさえ、わずかな畏怖を隠せずにいた。
その視線と感情の全てが、蓮司の昂ぶる神経に鮮やかに映し出される。
——だが、畏怖も困惑も、自分を縛る鎖にはならない。
むしろその反応すら快感となり、胸の奥から奇妙な喜びが湧き上がっていく。
全員の心を支配しているという実感が、血流のように熱く脈打ち、笑みとなって口元に滲んだ。
理性の皮が剥がれ落ち、代わりに研ぎ澄まされた“異常な力”がむき出しになっていく。
ゆっくりと、片方の口角が吊り上がる。
それは——怒りと憎しみが生んだ、火熱した不気味な笑みだった。




