ジェレミー
僕とミシェルは10年前、僕が9歳ミシェルが5歳の時に、婚約した。ミシェルは笑顔が可愛い天真爛漫、悪く言えば我儘な女の子だった。初めて会ったときはまだ子供だったし、僕もそんなところも可愛いなと許容出来ていたのだが、ミシェルは婚約してから約10年ずっと変わらないのだ。
うちは伯爵家の中でもそれなりに裕福な家だ、港があって外国からの輸入品が、入ってくることで領地が潤っているからだ。その領地を治めるうえで、嫡男である僕が勉強することは沢山あった。そして将来の妻になるミシェルにも、もちろん沢山あるのだ。
母はミシェルが婚約者に決まってから、少しづつ将来困らないように教えていた。ミシェルは母親が早くに亡くなってしまっていたから、本来母親が教えるようなことも、教えてあげなきゃと娘を育てる気分で色々世話を焼いてくれていた。
ミシェルは記憶力も良く覚えも速い、だが基本が出来てここから深い部分となると、そこから急にスピードが落ちる、努力をしなくなるのだ。何故なんだろうと不思議に思って探ってみると、女の子は賢くなったらダメだとか馬鹿な理由だった。僕は賢い女の子が好きだなと、言ってみても全く変わらない。
姉のアネット嬢のことは賢くて凄いと思っている様だが、姉は可愛くないから賢くならないとダメで、自分は可愛いからこれで良いと言ってくる。僕には全く訳がわからない。
そしてミシェルは自分を、すっっっごい美人だと思ってるのだ。どうしてなんだろうと色々話をすると、彼女の姉は凄く美人だがその姉よりも父が可愛いと褒めてくれる、姉よりも美人、私はすっっっごい美人ということだった。
いや、君の父上にはそうかも知れないが世間一般的には、姉のアネット嬢の方がずっと美人だという評価だ。そしてアネット嬢はジファール家に飾ってある肖像画の、彼女達の母親にそっくりだ。雰囲気こそ、儚げな夫人と、知的で凛としているアネット嬢。違いはあるけれど美しいことには違いはない。ミシェルの父上が再婚を断るほど、愛していた妻の生き写しの様なアネット嬢よりも、ミシェルの方ばかりに可愛いと言っているのか、僕には詳しい事情はわからないけど。
とにかくミシェルは、幼い頃から今までずっと、自分のことはすっっっごい美人だと勘違いしたまま成長してしまった。僕も婚約者に態々『君の姉の方が美人だよ』なんて、言わないからね。
そんな勘違いよりも問題なのは、母から教育の進み具合が、いまいちとの評価だ。2個下の弟の婚約者の方が出来が良いみたいで、ミシェルの教育を多くするのだが、本人に向上心が無いので、結局どれもそれなりで止まっていた。母は自分の教え方が悪いのかと随分悩んでいた。
僕は、何年経っても変わらないミシェルに婚約者としての愛情を、持てなくなってきていた。可愛い笑顔だけで乗り切れるのは、子供の頃だけだ。色んな話をして、勉強をするようにしても、全く変わらない相手に、ずっと愛を注ぐのは無理だと思う。
今後ミシェルの教育の問題を、どうするべきか悩んでいる頃に、姉の婚約者を含めたお茶会をしたいと、言い出した。どうやら煙たいことを言ってくる僕よりも、姉の婚約者のダニエルの方が優しいから、一緒にいると楽しいようだ。
そして何回かそんなお茶会をしていると、ミシェルはとんでもない提案をしてきた。『交換デートをしたい』らしい、本当ならば婚約者が他の男とデートしたいなんて、止めなきゃいけないんだろうが、僕もミシェルのことで疲れていたのもあって止めなかった。
子供の頃に婚約が決まった僕は、ミシェル以外の女の子とデートしたことも、なかったからアネット嬢と一度デートをしてみたいと言う、好奇心にも勝てなかったし。このデートがどういう風になるのかこれから少し楽しみだな。
交換デートは、一言で言ったら最高だった。行きの馬車での会話も楽しく、植物園についてからもアネット嬢はキラキラした瞳で、花やハーブを移動してはメモを真剣に取ってる姿なんて、ずっと見てても飽きなかった。ラッキーなハプニングもあったしね。あまりにも長く植物園に居すぎて、食事もお互い忘れるぐらいだった。
馬車の中でうっかりお腹のなった音を聴かれて、食事に行けるってなった時もまだ一緒に入れる時間が延びると、ただ嬉しく思った。
たった1日限定のデートは楽しく終わって、また機会があればいいなと思ったが、僕が提案することも出来ないので、そんな機会はないまま、4人のお茶会が恒例になっていった。
その頃にはミシェルは、ダニエル卿とばかり話す様になっていた。ダニエル卿も、嬉しそうにミシェルと話している。そんなにミシェルの方が良いなら婚約者を『とりかえっこ』して欲しいよ。ただ、結ばれた婚約は簡単に解消出来ないし、僕は嫡男だから婿入りは難しいんだけどね。
多分ミシェルがダニエル卿と親しくなったのは、母の教育がどんどん厳しくなり、僕も母の合格をもらえるようになるまで、贈り物はナシと言っているので、甘やかしてくれるダニエル卿の側にいるのだろう。
そしてお茶会で僕の贈っていない髪飾りを着けていたり、ダニエル卿と2人で『交換デート』で行った流行りの店のドレスやアクセサリーの話をすることが増えていた。でも僕が贈ってない物でもアルエット商会の新作だったり事もあるから、確証がない限りこちらから聞くのもな、と思ってミシェルには聞かずにいた。
するとミシェルとダニエル卿は、とんでもない行動に出たのだ。アネット嬢の誕生日パーティーで、ミシェルはダニエル卿の贈ったアクセサリーを着けてしまった。えっと…今日の為に僕もアクセサリー贈ってたよね。違うのを着けているなと思っていたけど、まさかこんな日にそんな行動するなんて、本当に驚いた。
アネット嬢の冷静な判断で、その場から2人を連れ出すことになった。パーティーを台無しにしてはいけないと、僕も協力した。ミシェルを部屋へ素早く連れて行く。ダニエル卿はジファール家の家令に任せた。
「ミシェル、今日はもうパーティーには出れないんだ。ここで終わるまで待ってね」
「え?どうして?」
「パーティーが終わったら、説明するよ。絶対、出ては駄目だよ」
ミシェルの侍女にもアネット嬢の指示だと伝えて、会場へ急ぐ。
これでもうミシェルは婚約者じゃ無くなるな。勉強に関しては大変だったけど、子供の頃から笑顔が可愛くて、最近では手のかかる妹みたいに思っていたから残念だけど、ミシェルが起こしたことだから仕方ない。家の家族も聞いてしまったから婚約解消は決定的だ。
会場ではエスコート相手がいなくなってしまったアネット嬢の、エスコートをしたり、ミシェルが居ない理由を説明したり、ホスト側として忙しく動いてた。パーティーが終わって、家族には、戻って来たときに、パーティー終了後に残ってもらう様に伝えていたので、スムーズに移動してもらう。何故か弟と婚約者のカトリーンも一緒に付いてくる。いや、君たちは帰っても良かったんだよ。
そして僕らだけになった部屋で、家族会議を開く。
「ジェレミー、ミシェル嬢と婚約解消になることに異議は?」
「うーん、残念な気持ちはあるけど…仕方ない…かな?」
「良し、じゃあその方向で話を進めよう」
「私も残念だけど、教えた事を出来ない娘にこれ以上教え続けるのは無理だわ」
うん、今日のミシェルの行動が駄目なことなんて、母が教えていない訳がない。多分、ダニエル卿から自分好みの贈り物を受け取った時に、教えてもらったことなど綺麗サッパリ忘れたのだろう。
贈り物を贈った時の笑顔は可愛いけど、あれを他の男にも変わらずしてしまう婚約者とは、やっぱり結婚したくないよね。
「じゃあジェレミー、お前はアネット嬢をどう思う?」
「え?アネット嬢?」
植物園の時の笑顔も、いつものお茶会の少し困った顔も、今日のドレスの姿も、アネット嬢を思い出すと顔が赤くなる。
「なんだ、お前の気持ちもアネット嬢にありそうだな。今日エスコートしていた時も、嬉しそうだったしな」
「嫌、父上!まだ僕の婚約者はミシェルで、アネット嬢の婚約者はダニエル卿です」
「それも今日でどちらも終わるだろう、お前がアネット嬢を好んでいるのなら、口説け!」
え?何?くどく?何を言ってるんだ?父上は。
「今日のアネット嬢の機転の利いた行動、その後の落ち着いた主催としての態度、どれも良い。ジファール家との関係も現状維持出来る。お前がジファール家に婿に行って、イザークとカトリーンにラヴァル家を継いでもらう」
「御自分のお誕生日なのに、女主人としての采配も完璧。あの若さであんなに素敵な女性、中々いないわよ」
「父上、母上、それはちょっと。僕は嬉しいけど、アネット嬢がどう思うか…」
「そうだ、アネット嬢の気持ち次第だ。だから口説けと言っているのだ。ラヴァル家からは無理に話は持っていかない、提案はする。後はお前の頑張り次第だ」
「僕達は兄上が継いでも、家に残って補佐をする予定だったから、兄上が婿に行っても行かなくても、どっちでも良いよ」
「まあお前が振られても、ジファール家とは話をして関係は続けられる様にするから、振られても家のことは気にするな!」
父と弟がにこやかに言ってくる、どっちでも良いのか。そうか…僕の頑張り次第?今日の様にずっとアネット嬢をエスコート出来る?
よし!拒否されるかもしれないが、とりあえず足掻いてみるか。
そして、アネット嬢が部屋に来るまで、ダンピール家への条件などを家族で話すのであった。
僕のこれからすることは、まずは婚約解消して、その後落ち着いたらミシェルに先に話さないと…アネット嬢を口説いて良いか。ミシェルが嫌がったら諦めるしか無いよね。
でもミシェルのOKをもらえたらその時は…お願いします、アネット嬢。頑張って口説くから、僕のことを選んで。僕も選んでもらえるように、頑張るから。
この後、20時に最終話を投稿します。
ありがとうございました。