1-5 駆けつけ一杯
「乾杯!」
ベアタンの集落から生きて出て来れた俺たちは、近くのラストアという街にきていた。
スパイクはこのラストアを拠点に冒険者を生業としているのだそうだ。
俺たちを助けてくれた少女の名はアルクレアというらしい。彼女はこの街の教会に勤める聖職者だという。
ベアタンの集落があった森を抜け、草原を二時間ほど歩いてこの街についた頃にはすっかり日が沈んでいた。
「勇者くんに街の案内をするのは明日にして、今日はご飯でも食べて休みましょう」
アルクレアの提案で、俺たちは近くの酒場に来ていたのだった。
「ぷはーっ!うめえな!四日ぶりのビアーはたまらねえな」
スパイクのとりあえずビアーでという注文で運ばれてきた飲み物は俺のいた世界でいうビールによく似ていた。
……どの世界でも酒は美味いな。
この世界に来て早々に生死を分ける状況を切り抜けたためか、ビアーの喉越しがたまらなく美味い。
「お、勇者くんもいける口だね」
そう言ってアルクレアも美味そうに酒を飲んでいた。
彼女は見た感じ俺より年下のようだ。
大人びた雰囲気をしているが、その表情にどこか少女らしいあどけなさも残している。
まあ異世界でお酒は二十歳からという決まりもないのかもしれない。
「改めて礼を言うよ、僧侶さん。助けてくれてありがとう」
「そうだぜ!こうやって酒を飲めてるのもあんたのおかげだ!」
俺とスパイクがベアタンの爪に切り裂かれる寸前、アルクレアは魔法で救ってくれた。
パニクル、という魔法はゲーム的にいえば混乱系の魔法らしい。
対象はしばらく酩酊状態になり、正常な判断がつかなくなるとかなんとか。
「礼なんていいですよー。それに、アルクレアでいいです。私は神のお告げに従って、勇者様を迎えに行っただけですから」
「……で、その勇者ってのは」
スパイクとアルクレアがこちらを見る。
「いやいや聞いてない聞いてない」
「でもお告げでは今日南東の平原に、勇者が現れるってことだったから探しに行ったんだけど、スパイクくんを除けばあなたしかいなかったわよ」
お告げに従ってひたすらあの森まで歩いてきたのかこの子は。
どれだけ敬虔な信徒なんだ。
「そういやトウマ、お前一体どこから来たんだよ。黒髪黒目なんてこの辺じゃいないしな。ベアタンのことも知らなかったしよ」
スパイクが干し肉を摘みながら聞いてくる。
どこか、なんて聞かれてもな。
「日本ってところから来たんだ。まあその、かなり遠いところだよ」
「ニホン?聞いたことないですね」
この世界から見ての異世界から来たなんて言っても信じてくれないだろうな。
「ていうか、俺が勇者ってどういうことだよ」
「私は今朝の礼拝で聞いたの!『今日の午後、南東の平原あたりに世界を救う勇者が現れる。そなたはその者を導き、手助けするのだ』って」
やけにアバウトなお告げだ。
そのお告げをしたやつに心当たりがある気がする。
「勇者っていってもな……。俺ぁただこの世界で……」
何しに来たんだっけ?
そうだ。魔王を倒しに来たんだ。
それって、この世界の人たちからみたら勇者ってことになるのかな。
「魔王を倒すだけだな」
酔っ払ってついそんなことを口走っていた。
「よっ!勇者様!」
「期待してるぜトウマ!魔王なんてチョロだぜチョロ!」
同じく出来上がっていたアルクレアとスパイクが捲したてる。
「おおにいちゃん威勢がいいな!」
「聞けば最近この辺りに来たんだって?歓迎するぜ!」
釣られて周りの酔っ払いどもも加勢してくる。
俺もアルコールに脳を支配されてもう何もかもがどうでもよく……浮き足立ってしまった。
この世界に来て、わからないことだらけだ。不安もある。
でも酒が美味く、そういった不安を掻き消してくれる存在であることは、前のいた世界と一緒だった。