3-2 ラストアの教会
いつもより早く目が覚めた俺は酒場で朝食を摂ることにした。
街中の喫茶店なんかでもいいのだが、酒場の朝食は量の割に値段が安くてコスパがいい。貧乏冒険者にとっては有難い存在だ。
酒場の扉を開くと、昨日の夜から飲み明かしていたのか、酔い潰れた飲んだくれが何人かいた。
その中にスパイクが白眼を向いて寝ていたが、周りに彼のパーティメンバーの姿はない。
酒場の店員も面倒くさがって放置しているあたりいつもの光景なのだろう。まさに死屍累々といった感じだ。
酔っ払いどもから離れた窓際の席に腰を下ろし、店員にモーニングセットを注文する。
朝のギルド兼酒場はアルクレアとの待ち合わせ場所でもある。
朝、アルクレアがここに来ればその日は教会の仕事が非番ということで、一緒にクエストを受けている。
仕事があるときは前もって伝えてくれることがほとんどだが、今日は非番とも聞いていなかったのでひとまずここで待つことにした。
「お待ちどう様です。モーニングセットお持ちしました」
目玉焼きとソーセージにサラダ、パンとコーヒー。
日本でもよく出てくるような模範的モーニングセットだった。
「新聞も空いてますけど読みますか?」
「ああ、ありがとう」
この世界にも新聞というものはある。世の中の出来事や情勢を日々届けてくれる貴重な情報源だ。
ギルドも毎日何部か新聞を取っていて、希望する冒険者に貸し出している。
元の世界では朝食の際当たり前のようにスマートフォンを弄っていたが、電波の届かない無用の長物と化していた電子機器は以前アルクレアの写真を撮ったきり電源を落としたままだ。
それでもポケットにスマホが入っていないというのは違和感があり、使いもしないのにずっと持ち歩いてしまうのは現代病の一種なのだろうか。
朝食を摂りつつ新聞に目を通す。
この異世界の新聞では、元世界になかった特徴的な見出しが躍っている。
「王国騎士団と魔王軍がアルタマイト平野で小競り合い……か」
それは人類と魔王軍の情勢を伝える記事だった。
この世界では大国家アイルニア王国が主戦となり、日々魔王軍との戦いが繰り広げられている。
アイルニア王国は四つの騎士団を持ち、化け物揃いの魔王軍と対等に戦える主戦力なのだそうだ。
新聞を読みつつどこか創作ファンタジーを見ているような気分になる。
しかしこの世界ではそれが現実のものとして起こっているというのが紛れも無い事実だ。
「魔王軍……ね」
俺がこの世界に来た目的。
魔王の討伐。
この世界のことを知れば知るほど、無茶苦茶だという気持ちが強くなる。
なにも特別な力を持っていない、普通の人間の俺がどうして魔王を倒せようか。
こういう場合はあのトルエノとかいう神が俺にチート能力を授けて転生させるのが定石じゃないのか?
あいつ、本気で俺が魔王倒せると思って転生させてるわけじゃないような気がする。
あの暗闇の中で出会った自称神とはこの世界に来てから一度も会っていない。
この適当な仕打ちには今でも業腹だが、考えてもイラつくだけで無駄なので思考をシャットアウトする。
朝食を済ませ食後のコーヒーを啜る。
酒場にいた酔っ払いたちは店員によって強制撤去されたようだ。今頃路地裏は墓場と化しているだろう。
時刻は________八時くらいだろうか。
アルクレアは規則正しい生活リズムを持っているのでこの時間になって来ないということは今日は向こうの仕事があるのだろう。
この時間ではギルドに集まってくる冒険者も少ない。臨時パーティを組んでクエストに出かけるなら、もっと人が集まる昼時以降が最適だ。
時間を持て余した俺は、代金を支払い酒場を出た。
雲1つない快晴だ。こんな日はあてどもなく街を散歩するのもいいかも知れない。
思えばこの三ヶ月間、生きるのに必死でギルドに通い詰めだった。
他のところといえば酒場に宿屋に雑貨屋に……新しい武具を買う余裕はないので武具屋は最初の頃アルクレアと訪れたきりだ。
いい機会だ。少しこの街を見て回ろう。
冒険者ギルドがあるのは街の中心から南側の正門近くだ。クエストを受注したらすぐ出かけられるようにその立地に建てたのだろう。
であれば、まず街の中心部を目指す。アイルニア王国領土のこの街は、近隣でも随一の信仰の街だとアルクレアは言っていた。
信仰を重んじる清廉潔白な街になぜこれほどの基本荒くれ者の冒険者が集まっているのだろう。
もしや、俺が普段見ている南側はこの街のスラム的一面で他の区域はもっと小綺麗なのではないだろうか。
そう考えていると____おそらくここが街の中心なのだろう。噴水の周りには花壇があり、街の住民たちが朝の挨拶を交わす穏やかな光景が広がっている。
この街が信仰を捧げる髭面のおっさんの像が建てられているのは大きなマイナスポイントだが。
広場を通り過ぎ、そのまま真っ直ぐ北へ向かう。
路上にはアクセサリーなどの小物を売っている雑貨店やカジュアルな服屋が多かった。
途中路地裏を覗いてみたが小綺麗なものだった。
南側は毎日のように酔っ払いが転がっているし吐瀉物が落ちてるぞ。
やっぱり南側は碌でもないじゃないか。
そのまま綺麗な路地を歩いていると突き当たりに大きな建物が見えた。
「ここ、もしかして教会か?」
その建物の造形は俺が元いた世界でも見るような教会然としていた。
といっても、ヨーロッパにあるような大聖堂というほどではなく、地元にあるような教会が少し大きくなったくらいの規模だろうか。
教会は街の最北端に位置するわけだ。
おそらく、ここにアルクレアが勤めているのだろう。
門があるので入っていいものか迷ったが、結局入ってみることにした。
なんとなく、アルクレアが教会でどんな働きをしているのか気になった。
仕事の邪魔がしたいわけではないので正面の扉から入らず、教会の側面に回って窓から覗いてみることにした。
カーテンは閉められてなかったので中の様子を伺うのに支障はなかった。
礼拝堂には誰の姿もなく、食堂や物置のような部屋もあったが人の姿はなかった。
「あれ、おかしいな……」
建物をグルリと一周してきたが、人の姿が見当たらずどうしたものかと辺りを見渡すと、同じ敷地内にもう一つ建物があることに気づいた。
平屋のようだが、それなりに大きい。
……なんとなく忍び足で近づき窓から覗き込む。
そこは教室だろうか。四つの長机が整然と並べられ、子供が三人ずつ座っていた。
十二人の子供の前に立ち、本を片手に教えを説いているのはアルクレアだった。
普段の冒険者としての服装とは違う、カジュアルな服を着ていた。
雰囲気としては、小学校の美人担任教師って感じの。
子供たちは手元の紙に鉛筆で物書きをし、悩んでいる子がいればアルクレアが寄り添ってなにかを教えている。
そんな長閑な授業風景に見惚れていた。
後ろから忍び寄る影にも気付かず。
「チェーーーストォォ!!」
「ぐはぁっ!」
脛に鋭い痛みが走り、思わず膝をつく。
「この不審者め!観念しなさい!今憲兵を呼ぶわ!」
振り返るとそこには赤毛に三つ編みの、アルクレアより年下に見える女の子がいた。
修道服を着ているところを見ると、この教会のシスターなのだろう。どうやらその手に持っている竹ぼうきで思い切り俺の脛をひっ叩いたらしい。
「いや、待て!違うんだ!なにも企んでいない!誤解だ!」
「孤児院を覗き見してよくそんな口が聞けるわね!もう少し痛めつければ黙るかしら!?」
「お前本当に修道女か!?もうちょい慈悲の心を持て!そして話を聞いてくれ!」
威圧された俺は未だ体勢を整えられないまま、少女の竹ぼうきを持った手が振り上げられる。
「うわあああ!ストップ!ストーーップ!」
「問答無用!」
「マーム、どうしたの……ってトウマくん!?」
窓からアルクレアが顔を出してこちらに気づく頃には、竹ぼうきの柄は俺の顔面にめり込んでいた。