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3-3 異世界の洗濯


「まったく、アルクレアの知り合いなら先にそう言ってちょうだいよね」

「あんたが聞く耳持たなかったんだろうが!」

「トウマくん、大きな声出すとまた鼻血出ちゃうよ」


 今俺は孤児院の中の小さな医務室でアルクレアの治癒魔法を受けている。

 この世界の治癒魔法というのは一時的な止血など応急処置のような役割で、即座に怪我をなかったものにするような便利なものではないようだ。


 竹ぼうきを顔面に頂いた俺は鼻血を噴射させその場に倒れ伏したが、アルクレアが弁護してくれたおかげで憲兵に突き出されることはなかった。


「はい、止血は終わったけど一応ティッシュ入れとこうね」


 そう言ってアルクレアはティッシュをこねて塊を作ると俺の鼻に優しく入れてくれた。

 空いた手を頬に添えて顔を近づけるものだからなんだか緊張してしまう。なんだか俺もこの美人教師の生徒になった気分だ。


「君はアルクレアのストーカーってとこかな。この子、街じゃ結構人気あるからねー」

「違うわい」

「もうマーム、からかわないで。トウマくん、どうしてここに?私に何か用事かな」


 散歩してたら教会があったんでアルクレアが普段どんな仕事してるか気になったんで覗きに来ました、なんて言ったら確かにストーカーと言われてもしょうがない気がしてきた。


「いや、最近アルクレア忙しそうだしさ。何か俺に手伝えることがないかと思って来たんだ」


 これ以上マームという赤毛の少女に弄られるのも癪なので脚色することにした。ここに来た動機は違うが言った思いに嘘はない。


「トウマくん、冒険者稼業で大変なはずなのに大丈夫なの?」


 アルクレアは心配そうな目で見てくる。


「大丈夫さ。今まで散々助けてもらってきたからな。今度は俺になにか手伝わせてくれ」

「ありがとうトウマくん!うれしいよ!」


 アルクレアは心底嬉しそうに、俺の手を取ってお礼を言ってきた。

 そこまで喜ばれると少し後ろめたいな……


 なんとなくアルクレアと目を合わせないでいると、後ろでニヤつきながら見透かしたようにこちらを見ているマームと目があった。

 この女、苦手かもしれない。

 一層この場にいづらい気持ちになった俺はさっさと話題を切り替えることにした。


「よし!そうと決まれば、なんでも言ってくれ!雑用でもなんでもやるぞ」


 わざとらしく立ち上がり、意気揚々と言ってみた。


「よーっし、じゃあストーカーくんにはこっち手伝ってもらおっか!」


 マームは肩の前に下げていた三つ編みを手で払いながら言う。


「そう、じゃあマームよろしくね。私は子供たちの相手してくるから。トウマくん、がんばってね!」


 アルクレアは笑顔で手を振り医務室から出て行く。


 せっかくならアルクレアのそばで手伝いたかったなあと思いながら手を振り返しているとマームに横腹を小突かれた。


「ほれ、いつまでも惚けてないでさっさと行くよストーカーくん」

「わかったよ。ってか、そのストーカーくんってのはやめてくれよ……」

「別に呼び方なんてどうだっていいじゃない。私が思ったように呼んでるだけよ」

「じゃあ俺もお前のこと箒暴力女って呼ぶよ」


 今度は正拳突きが横腹に飛んできた。理不尽だ。


「すみませんマームさん。ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します」

「ん、よろしい」


 修道女とは思えないほど横暴な女だ……。


「これから洗濯を手伝ってもらうわ。十二人分だから、毎日結構な労力使うのよ」


 そう言ったマームに渡されたのは大量の洗濯物で山盛りになった桶だった。


「うお、すごい量だな……洗濯機まで持っていけばいいのか?」

「センタクキ?なにそれ」

「ああ、この世界じゃ呼び方違うのか……。水と洗剤で洗濯物を自動的に洗う魔道具ってないのか?」

「はあ?そんなものないわよ。あったら便利そうだけど……ほらこれ」


 外に連れて来られた俺はマームの指差すそれを見て察する。


「確かにこりゃ重労働だな……」


 そこには空っぽの桶と洗濯板。これで毎日十二人分の洗濯物を洗うのか。

 俺はいつも近くのクリーニング店に洗い物を出していたが、あそこも実は洗濯板でコツコツ洗い物をしていたのか。苦労が偲ばれる。


「ほれ、半分寄越しな。二人でやれば早く終わるでしょ」


 いつのまにか井戸から汲んできた水を桶に入れ洗濯を始めるマーム。

 手伝うと言った以上文句を言う筋合いなどないだろう。


 俺も自分の桶に水を入れ、洗剤を借りて洗濯を始める。

 小学生の頃体験学習でやった以来だな。


 離れたところでは広場で遊ぶ子供たちの声が聞こえる。

 何をしているのかまではわからないが、子供たちの輪の中にアルクレアがいて、皆楽しそうに笑っている。


「あの子たちはね。みんな孤児で身寄りがないのよ」


 手を動かしながらマームが語りかけてくる。


「随分多いんだな」

「ま、このご時世だからね。魔王軍との戦争で親を亡くした子なんてどれだけいるかもわからないよ。この街の規模じゃ、あの人数を受け入れるだけで精一杯だけどね」


 今朝の新聞で見た王国騎士団と魔王軍の小競り合い。文面だけで見ると非現実的な感覚で受け取っていたが、現実として血みどろの戦争が起こっているんだ。


 戦争には犠牲が伴う。子供たちは前線に出ることはないものの、確実に魔王軍による被害を受けているんだ。


「教会と孤児院の運営費は国の税金や寄付から賄われてるんだけどねー。それでも子供達を満足させられるようなことはできないし、いつも我慢させてばっかりだからさ。アルクレアが冒険者やってるのだって、少しでもあの子たちにおやつとか服とか……買ってあげたいっていう思いからなのよ」


 いい話だな……!

 俺も金に余裕ができたら寄付しなきゃな……なんて目を潤ませながら手を動かしていると今俺が洗っている洗濯物に目がついた。


 女性用の下着だ。しかし待て。子供たちは年長でも十歳程度のようだがこんな大人びた下着を着けるだろうか。したがってこれは、もしかしたらアルクレアの……ッ!


「ちょっと!私の下着まじまじと見ないでよ!」

「なんだ、ハズレか」

「ぶっ殺すぞこの変態ストーカー野郎!!」


 鋭い蹴りが俺の顎を打ち抜いた。

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