表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/145

145.最終話 春を彩るお弁当

 やあ、長らく待たせたね。

 ようやく処分が解けたよ。


 ほんとだろうな? 

 実は冗談でした、なんて言ったら俺でも怒るぞ。


 ほんとだって。神様嘘つかない。


 うさんくせえな。

 けど、信じるよ。

 ヤオロズからの食材が無いと、どこか物足りなくてね。

 色々工夫したけど、根本的な部分だからな。

 ほんとに助かるよ。


 ふふふ、讃えよ、さらば助けられん。

 なーんてね。

 そこまで心待ちにしてくれて、僕も嬉しいよ。


 食材に関しては、文字通り神頼みだ。

 それで、どんな食材ならもらえそうかな?


 大体何でも大丈夫。

 あと季節が春になったから、一つプレゼントがある。

 お弁当にでも使ってみたら?


 プレゼント? 何だよ。


 それは見てのお楽しみさ。



† † †



 俺は料理するのが好きだ。

 美味しく食べてくれる人がいるなら、もっと好きだ。

 その気持ちを噛み締めながら、台所に立っている。


 "久しぶりだなあ、この感じ"


 冬の間、弁当作りは中止していた。

 今一つ気が乗らなかったからだ。

 エミリアも「ですよねー」と言ってくれたしな。

 楽ではあったけど、作る喜びは一つ減った。

 その状態が当たり前になりかけていた。


 "だけど、今日からまた出来るんだ"


 ボウルを取り出す。

 卵を掴み、ボウルの縁で割ってやる。

 白い殻が割れた。

 中身をボウルに落とし込む。

 うん、新鮮ないい卵だ。

 黄身がこんもりと盛り上がっている。

 満足しながら、菜箸でかき回す。

 黄身と白身が一つになったところで、味付けだ。

 しょうゆとみりんを少しだけ、その中に足してやる。


 "ベタだけど、ちりめんじゃこでいいか"


 頭の中で考えつつ、手は別の動作を行う。

 小さなフライパンを熱し、そこへボウルを傾ける。

 とろみが消えないうちに、ちりめんじゃこを。

 白い小魚がパラリと落ちて、卵の中へ沈む。

 卵焼きの定番だ。

 じゃこの微かな塩気が効くから、冷めても美味しい。


 台所には色々な音が弾ける。

 ジュッ、と卵が焼ける音もそうだ。

 パチンッ、と油が跳ねる音もその一つだ。

 そうした一つ一つの音が、俺には嬉しい。

 また地球の食材を使って、好きな料理が出来る。

 そのことが単純に嬉しいんだ。


 "唐揚げはどうかな"


 左を見ると、こっちもいい感じだ。

 鉄鍋の油の中で、唐揚げがバチバチと音を立てている。

 うん、いい匂いだ。

 前日に酒と醤油に漬け込んで、鶏肉の旨みを引き出しておいたからな。

 隠し味におろしたニンニクと生姜を忍ばせたから、僅かな臭みも取れている。

 

 唐揚げのレシピは、一年前と変えていない。

 俺の得意料理の一つだからな。

 変わった部分もあれば、変わらない部分だってある。

 

 ご飯はわざとおにぎりにしていない。

 弁当箱に詰めて、冷めるのを待つ。

 ある程度冷めてから、具を上に載せてやる。

 今日の具は特別だ。

 ヤオロズからのプレゼントを、早速使うことにした。

 ひとつまみして、ご飯の上にはらりと置く。

 淡いピンク色の花びらは、白いご飯に良く映える。

 花びらの塩漬けか。

 中々洒落たプレゼントだよ、ヤオロズ。


 これで大体出来たので、最後の一品に取りかかる。

 何にするかは決まっている。

 ほうれん草を湯に沈めた時、後ろから声をかけられた。


「おはようございますー、っ、おおお!?」


「おはよ。何だよ、朝からいきなり変な声出して」


「だ、だって、だって、クリス様がお弁当作ってるんですよっ!? 超お久しぶりのお弁当作りですよっ! びっくりして当たり前じゃないですかー!」


 俺に詰め寄りながら、エミリアがまくし立ててきた。

 寝起きなので、髪があっちこっちに飛び跳ねている。

 それを気にすることもなく、俺とお弁当を交互に見ていた。

 彼女と目が合う。

 何故か、少し優しい気持ちになれた。


「昨日ヤオロズから連絡があった。食材供給の再開だってさ。そういう訳で、今日からお弁当も再開だ」


 そう言って、俺は火魔石を止める。

 沸騰による泡が静まる。

 ほうれん草の色を確かめ、一度冷たい水にさらした。

 春先の水は、まだまだ温度が低い。


「湯だったほうれん草は、一度こうして水にさらす。そうすると、葉が綺麗な緑色になるんだ。これの水気を切ってから、適度な大きさに切る。しょうゆとかつお節をかけて、出来上がり」


「くぅ、ただのほうれん草のおひたしなのに! 久しぶりに見るせいか、すごく美味しそうなのですー!」


「だろうね。俺でさえ、少々感動しているからな」


 答えつつ、俺はおひたしを弁当箱に詰めた。

 この弁当箱も、昨日ヤオロズからもらったものだ。

 食材のおまけということらしい。

 薄い木を曲げて、楕円形にしている。

 軽いが丈夫で、通気性もいい。

「この弁当箱、わっぱと呼ぶんだってよ」と説明してやる。

 エミリアは「へえー、可愛い形ですねえー」と顔をほころばせた。


「弁当箱が新しいと、中身もまた違って見えるだろ。俺も作りがいがある」


「私も食べがいがありますねー、えへへへ。うーん、それにしても素晴らしいお弁当ですねー。唐揚げでしょ、ちりめんじゃこ入りの卵焼きでしょ。それにほうれん草のおひたしー。私の好きなものばかりなのですよー。ご飯も」


 エミリアが視線を動かした。

 その緑色の目が、じっとご飯を見つめている。


「これ、すごく綺麗ですよねー! ピンク色の花びらが、白いご飯の彩りになっていてー! しかも目に優しいだけじゃないです。花びらの香りも、ほんのり漂ってきますー。いいです、すごくいいですっ。これ、何の花なんですかー?」


「桜って花の塩漬けだ。春らしい一品ってことで、ヤオロズがくれた。そのまま食べられるから、ご飯と一緒にどうぞ」


「ありがとうございますー! うわあ、今からお昼が待ちきれないですねー。早弁しちゃおうかなー」


「行儀悪いから止めろ」


 騒々しくも賑やかな朝の時間が心地よい。

 朝ごはんを食べ、身支度を済ませる。

 家を出る際に、エミリアに弁当箱を渡した。


「ほら、持ってけ。残さずちゃんと食べるんだぞ?」


「はーい、ありがたくいただきますー」


「ま、エミリアなら残さず綺麗に食べるだろうけど」


 そう言うと、エミリアは動きを止めた。

 両手で弁当箱を持ったまま、固まっている。

 何だろう。

 俺、何か変なこと言ったかな?


「どうかした?」と声をかけると、エミリアはゆっくりと口を開いた。

 顔が微妙に赤い。


「いえ、いえいえ、大したことじゃないんですがー。クリス様が名前で呼んでくれたなーって」


「名前?」


「さん付けじゃなくて、呼び捨てでってことですよー。いやー、ようやく婚約者っぽくなったのです、うふふふ」


「あ」


 言われて初めて気がついた。

 全くの無意識だった。

 そうか、俺、エミリア本人には「エミリアさん」って呼びかけていたな。

 自覚した途端、軽く狼狽してしまった。


「い、いや、今のはほら。何となく言葉のあやというかさ。ものの弾みっていうか、うん」


「照れなくていいですよー。クリス様が私に親しみ感じてくれてる証拠じゃないですかー。えへへ、これは朝から気分がいいですねー。じゃあ、行ってきまーす!」


「あ、ちょっと、待て、こらー!」


 俺の呼びかけを無視して、エミリアは猛ダッシュで飛び出した。

 両手で弁当箱を掲げたまま、凄い速度で去っていく。

 あのフォームで何故あんなに足が速いのだろう。

 というか転移呪文使って出勤しているのに、何故走る。


「馬鹿だなあ、あの子」


 苦笑と共に呟くと、頭の中に響くものがあった。


 "馬鹿な子ほど可愛いというじゃないか。あんなに喜んでくれて、まんざらでもないくせに"


 "のぞき見は良くないぜ、ヤオロズ"


 無言でたしなめる。

 たまにこういうことするからな、この異世界の神様は。


 "いやあ、すまない。久しぶりのお弁当に、あの聖女様がどう反応するかと思うとね。つい気になって"


 "見ての通り、大喜びだよ。好きなものばかり詰めたからな"


 "ふーん、それだけかな。さん付けが取れたことの方が、嬉しかったんじゃないか?"


 ヤオロズの冷やかしは、あえて無視した。

 内心のくすぐったさは無視せず、心の片隅に取っておく。

 こういう気持ちは久しぶりだ。

 うん……そうだな。

 嫌いじゃないよ。


 "一年かけて、ようやく距離が縮まったみたいだね。おめでとうと言わせてもらうよ"


「ありがとう」


 あえて小さく声に出す。

 さて、俺もそろそろ行くか。

 玄関に鍵をかけ、家を後にする。

 いつもの街を歩いている内に、ふと思いついたことがあった。

 その思いつきは突然だった。

 けれど、悪くないかもしれない。

 いや、でもちょっと恥ずかしいかな。

 エミリアに言えば、どんな反応をするだろう。

 多分喜ぶだろうけど、うん、まあね。


 偽装の二文字、取ってもいいかな――なんてね。





 Here is the end of the story.

 I appreciate your reading.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ