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144.長い冬は終わりを告げる

 子供の成長は早いと、パーシーを見ていてつくづく思った。

 体も大きくなるし、言葉遣いも変わる。

 徐々に衰える大人から見れば、確かに眩しく映る。

 たった数日間の再会で、それを強く実感した。


「忘れ物はないな?」


「うん」


「ママに渡すお手紙は持ったな?」


「うん、ばっちりだよ」


「楽しかったか?」


「もちろん!」


 にっこりとパーシーは笑った。

 膝を落とし、俺は視線の高さを合わせる。

 ぽん、と手で頭を撫でてやる。

 茶色の柔らかい癖毛が、くしゅくしゅと揺れた。


「よし、じゃあ行ってこい。また遊びに来いよ」


「はーい! じゃあ、パパもお姉ちゃんも元気でねー!」


 大きく手を振ってから、パーシーは背を向けた。

 迎えの馬車に乗り込み、一度だけこちらを向く。

 寂しいなど微塵も思っていないのだろう。

 笑顔でお別れするのは良いことだ。

 俺は湿っぽいのは苦手だからな。

 

 ゆっくりと馬車が動き始める。

 見送りながら、俺はフッと息を吐いた。

 白い霞のような息が、朝の冷たい空気に消える。


「あっさりしてますねー」


「ん、どうせまた会えるだろ」


 傍らのエミリアに答える。

 さっきのお別れの間、彼女は一言も言わなかった。

 聞いてみると「昨晩済ませましたからー」ということらしい。


「お別れ当日は、親子水入らずの方がいいかなーと思ったのでー。クリス様も中々会えないですしねー」


「ありがたい配慮だけど、別にいいのに。近いからまた会えるだろうし」


「それでもですよー」


 そう言って、エミリアは防寒具に顔を埋めた。

 ピンときた。

 ああ、そうか。

 実家とずっと折りが悪かったからな。

 あの親子丼の一件までは、会話も無かったらしいし。


「そういう点では、君も苦労してるよな」


「え、何か言いましたかー?」


「いや、何でもない。戻ろう、寒い」


「あ、待ってくださいよぉ」


 小走りでエミリアは俺に追いついてきた。

 肩を並べて、二人で歩く。

 いつのまにか、二人で行動することが増えた。

 割と素直に、俺はその事実を受け入れている。


「街道は冬でも凍らないんだっけ?」


「王都とロージア家の領地間のですかー。定期的に巡回していますし、大丈夫みたいですよー?」


「ああ、なるほど。そう言えば、そうだった」


 エミリアに答える。

 フゥ、と柔らかく息を吐く。

 馬車の中のパーシーのことを考えた。

 ほんの少し胸が痛んだ。

 同時に、それ以上に暖かい何かがあった。


 "次に会う時は、また大きくなっているんだろうな"


 一歩踏み出す。

 霜の張った地面に、俺の足跡が残った。

 エミリアの足跡がその横をついてくる。



† † †



 冬を過ごしている間、料理には苦労した。

 何だかんだ言いつつ、地球の料理に慣れてしまっていたからだ。

 手持ちの食材は使い切った。

 もはや米さえも乏しい。

 仕方ないとは思うが、イライラはする。


「ぐぬぬ、冬こそ料理の腕の見せ所なのにな。煮込み料理や鍋料理で、色々作りたいものがあったのに」


「うぅ、残念なのです。こうなれば、話だけでも聞きたいのですー。冬はどんな料理があるのですかー?」


「聞けば後悔するんじゃないか。食べたいと思っても、作ってやれないからな」


 俺の警告の意味は分かったのだろう。

 エミリアはしばらく「うーん」と唸っていた。

 ブルリと一度体を震わせる。

 そのまま窓の外へと視線を泳がせている。


「ああ、雪ですかー。寒いわけですねえ。やはり冬の夜は、温かいものが食べたくなりますねー」


「つまり、聞きたいってことだな。後でお腹空いたと言っても、知らないぞ?」


「ふふ、大丈夫ですー。私の精神は肉体を超越していますっ。クリス様のお話を膨らませ、胃袋を満足させてみせま……いてっ! な、何するんですかぁー」


「すまん、デコピンを止められなかった」


 欠食児童みたいなことを言うからだ。

 エミリアはおでこを押さえている。

 ビシッといい音がしたもんな。

 彼女は涙目でこちらを見上げてくる。


「うう、傷ものにされた以上、責任は取ってもらいますからねー」


「自分の回復呪文で治せるだろ?」


「ああー、可愛くないのですー! ちょっとくらい、動揺してくださいよー!」


「意味が分からないんだが」


「ふーんだ、クリス様の堅物ー。もういいですよーだ。えぇと、それで何の話でしたっけ?」


「地球では、冬にはどんな料理があるのかって話だよ」


 脱線した話を本筋に戻してやる。

 エミリアとの会話は、こういうことが多い。

 話している内に、全然関係ないことへと飛んでいく。

 面倒だなと思うこともあるが、それもありかな。

 回り道している間に、見つけられることもある。


「冬の料理か。色々あるけど、おでんあたりが一番身近かな」


 ゆっくりと俺は話す。

 冬の夜は長い。

 気楽な会話をゆるりと楽しむとしよう。

 座り直し、エミリアの方を見た。

「おでんというのは、どんなお料理ですかー?」と向こうから聞いてきた。


「和風だしを取って、そこに色んな具を入れて煮込むんだ。鍋物の一種かな。具から様々なだしが出るから、それが美味しいんだよ」


「おお、ぐつぐつ煮るタイプのお料理ですねっ。具はどういったものを?」


「ちくわ、はんぺんなどの練り物。じゃがいも、大根などの野菜も入れる。ポピュラーなところでは、卵、こんにゃく、昆布など」


「へええ、美味しそうですねえ。皆で囲んで、わいわいやれそうですねー」


「そうだね。こういう寒い季節には、ぴったりなんだけどな」


 肩を落とす。

 材料さえあれば、おでんは簡単だ。

 ともかく何でも放り込んでしまえばいい。

 具材さえアレンジすれば、近い鍋料理は出来るだろう。

 だが、あいにく和風だしが取れないときている。

 エミリアも「昆布もかつお節も切らしてますよねー」と嘆いた。


「無いものを嘆いても仕方ないか。あ、ふと思いついたんだけどさ。残ってるベヒモス肉で、すきやき作れないかな。しょうゆが無くても、塩でどうにか出来たような」


「えっ、何だか素晴らしい予感がしてきたのですよ!」


「本当は、しょうゆと砂糖でわりした作るんだけどね。この際、工夫してみよう」


「さすがクリス様なのですっ。地球の料理そのものでなくても、何とかしちゃうんですねっ」


 こういう話になると、エミリアは景気がいい。

 パチパチと拍手をして、俺を焚きつける。

 やれやれ、現金なもんだ。

 けど、いいさ。

 期待されれば、作る意欲も沸いてくる。


 翌日、俺は何とか塩すき焼きを作った。

 材料はありあわせだが、それでも何とかなるもんだ。

 案の定、エミリアはよく食べた。

 地球の料理そのものでなくても、別に構わないらしい。


「うむむむ、やっぱりこのベヒモス肉がジューシーですねっ。極限まで薄切りにしたから、柔らかさが半端なくって。それでいて、塩味がしっかり染み込んでいますよねー!」


「思ったよりいけるな、これ。しかし、白いご飯が欲しくなるのが辛い」


「いえ、もうそれは忘れましょうよー。足るを知る者は、きっと幸福を知る者ですからねー。ああ、お肉美味しいのです」


 エミリアは遠慮なく、塩すき焼きを頬張っている。

 それを見ていると、俺もどうでもよくなってきた。

「これはこれでありだよな」と笑い、箸を進めた。


 冬は長く、どうしても気が滅入る。

 しかも食材は不自由なままだ。

 それでも、工夫次第では楽しいものだと分かった。

 石窯で焼いた芋だって、立派なごちそうになる。

「あっつー! でも、ほくほくですー!」と誰かさんは大騒ぎしていたけどな。

 中々どうして、これはこれで楽しかった。


 俺とエミリアの距離は少し縮まったかな。

 ふとした瞬間に、俺は彼女のことを考える。

 それが嫌ではない、と気がついた。

 

 一日一日、日が過ぎていく。

 ゆっくりと、だが確実に季節も移ろっていく。

 刺すような朝の寒気も、僅かに緩んできた気がする。

 そうこうしている内に、いつしか雪が降らなくなった。

 午後の陽射しにも、温もりが混じり始めた。

 春の到来かな、なんて思い始めたある日のこと。

 俺はヤオロズに話しかけられた。


 "朗報だぞ、クリス!"


 喜びに満ちた声に、俺は胸を震わせる。

 うん。

 どうやら本当に、冬は終わりを告げたようだね。

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