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135/145

135.まずはビーフシチューから

 俺は最近まで石窯を持つ気は無かった。

 この設備は、ごく小規模にしか使われていない。

 調理用設備としては、非常に高価だからだろう。

 これまでに数回しか見たことがない。


 "へええ、立派な石窯だね。これならオーブン以上に役に立つよ。感心、感心"


 "そう願うよ。温度調節機能が無いが、何とかなるはずだ"


 庭に立ちながら、ヤオロズと話す。

 食材供給は止められたが、会話は許可されている。

 話し相手としては悪くない。


 "直接火で焙るわけじゃないから、ムラは出来づらいって。細かいことは気にしない、気にしない"


 "そうだな"


 会話を打ち切り、石窯をじっと見つめた。

 先日完成したばかりであり、真新しい。

 こんもりとした窯は、胴体に一つ扉がある。

 ここから食材を中に入れるのだ。

 背面下部を見ると、小さめの扉を見つけた。

 燃料はここから差し入れる寸法だ。

 俺は火魔石を使うが、薪の方が燃料としてはポピュラーだろう。

 拳でコンコン、と軽く叩く。

 当たり前だがびくともしない。

 傍らに立つエミリアも、同じような仕草をする。


「うわあ、立派な造りですねえ。これでローストビーフというお料理が出来るんですねー。楽しみだなー」


「それ以外にも、色々焼けるよ。簡単なところでは、焼き芋かな」


「へええ、そうなんですかー。あのう、石窯で作ると何が違うんですかー?」


「それは実際に使う時に話す。家の中に戻るぞ。まずはビーフシチューの仕込みをしてからだ」


「はーい」


 とてとてと足音を立て、エミリアは俺の後ろをついてくる。

 そう、今日の献立は二本立てだ。

 ビーフシチューとローストビーフ。

 どちらもベヒモスの肉を使った特別品。

 いよいよかと思うと、身震いしてきた。


「あれっ、クリス様どうしたんですかー? お手洗いなら、先に行った方がいいですよー」


「武者震いだって!」


 反論しながら、食材に目を通した。

 肉以外のものは、既に準備している。

 ビーフシチュー用のものから確認しよう。

 にんじん、じゃがいもはあるな。

 マッシュルームもよし。

 脇役として、ブロッコリーも必要だ。

 鮮やかな緑色で、見た目のアクセントになってくれる。

 貴重なストックだが、ここで使わない手は無い。


「やっぱりシチューだと野菜たっぷりなんですねー。寒くなってきたし、美味しそうなのですっ」


「シチューに入れるなら、これが定番かな。でも自分の好きな野菜なら、大体何を入れてもいけるよ。よほどの癖が無ければ、シチューの風味でまろやかになる」


 エミリアに答えながら、調味料も確認しておく。

 最重要のビーフシチューのルーはある。

 赤ワイン、砂糖、にんにくもあるな。

 風味づけの為に、これらも多少必要なんだ。

 手に取りながら、手順を頭の中で再生する。

 食材が特別とはいっても、シチューには変わりない。

 よし、今日の花形といくか。


「知っての通り、今日の肉はベヒモスなわけだが」


「はーい、そうでーす」


 収納空間をオープンして、俺は肉の一部を取り出した。

 何も無い空間が裂け、そこから赤い肉塊が顔を覗かせる。

 スプラッタな光景だが、エミリアも慣れたものだ。

 平然としている。


「牛肉と同じように使えるのか、俺も分からない。万が一とんでもない味になったら、その時は」


「その時はー?」


「笑って誤魔化すしかないな」


「ええっ、せっかくのベヒモスのお肉なのにー!」


「無いと思うけどね。ほら、このサシの入り方見てくれ。最高ランクの牛肉も、こんな感じの見た目だ。肉質も柔らかいし、期待出来そうだぞ」


 期せずして、落として上げる形になった。

 でかい肉塊から一部分だけ切り取る。

 残りは収納空間へ戻しておいた。

 しかしすごい量だな。

 うちだけだとひと冬どころか、一年は困らないだろう。

 身内招いて、パーティーでもするか?


 "いや、それは後で考えよう"


 それより目の前のことに集中しなくては。

 切り取ったベヒモスの肉を観察してみた。

 やはり牛肉によく似ている。

 赤身の部分は、濃い紅色だ。

 そこに白い脂身がサシとして入る。

 脂身の部分は、ごくうっすらと黄色を帯びていた。

 そのおかげで、口にした時のとろみがイメージ出来た。

 視覚からの情報は大切なんだよ。


 "肉質はどうだろう"


 まな板の上に肉を置き、指を沈ませてみる。

 むにり、とした弾力があった。

 かなり柔らかい。

 だが、ひ弱さはない。

 いくら柔らかくても、ふにゃふにゃした肉は嫌いだ。

 生命力を感じさせないからな。


「どうやら杞憂だったらしい」


「つまり、良いお肉なんです?」


「少なくとも肉質は極上。このままステーキにすれば、最高のステーキになる」


「や、やめてくださいよお。待てなくなるじゃないですかー」


 おっと、これは俺が悪かったな。

 エミリアを煽る形になってしまった。


「悪い、悪い。幸か不幸か、今日の料理はステーキじゃない。これをビーフシチュー用にカットしていきます」


「ぜひ大きめにカットしてくださいっ。お肉ごろごろで幸せいっぱいがいいでーす」


「こう、いつも思うんだけどさ」


「はい、何でしょうー?」


「君、いつも幸せそうでいいね。羨ましいよ」


「ふっ、誉められてしまいましたねっ!」


 いや、馬鹿にしてるんだが。

 何故気が付かないのか、俺には分からない。

 頭空っぽの方が、きっと人生楽しいのだろう。


「今、私の悪口言いましたかー!?」


「言ってねえよ!?」


 ビクッとしたが、どうにか隠し通した。

 恐ろしいな、これが女の勘か。

 気を取り直し、でかい肉を一口大にカットしていく。

 包丁を入れると、一瞬だけ手応えがあった。

 そこで力をこめる。

 スッと包丁の刃が進み、肉を切り離した。

 念のため匂いをかいだが、臭みは無い。

 血抜きの処理もバッチリだ。


「べたべた触ると鮮度が落ちる。だから勢い重視だ」


 エミリアに説明しながら、肉を一気にばらした。

 通常のシチュー用の分量の倍はある。

 これだけあれば、食べごたえも十分だろう。

 切り終えると、べヒモスの肉が山のように積まれた。

 これに負けないよう、野菜もおおぶりに切っていく。

 じゃがいもを手に取ると、エミリアが口を挟んできた。


「うんうん、やっぱりシチューと言えばじゃがいもですよねー。たっぷりとルーを吸い込んで、お口の中でとろっとろなのですー」


「無くても何とかなるけど、無いと物足りないね」


 答えながら、左手でくるくるとじゃがいもを回す。

 包丁を持った右手はほとんど動かしていない。

 つい包丁の方を動かしがちだが、それは間違い。

 このやり方の方が安定する。

 包丁を動かすと、怪我するリスクも高まるしね。

 長く安全に料理したければ、こういう点も気をつけたい。


「よし、じゃがいもの芽も取ってと」


「毒になるんでしたっけ?」


「そうそう。美味しくないし、取っておいた方がいい」


 包丁の角を入れ、ごそりと芽をこそぎ取った。

 まだ小さいからいいが、大きくなると見た目も怖い。

 かなりグロテスクで、悪魔の植物かと思うくらいだ。

 あれを最初に見た時は、びっくりしたなあ。


「よし、終わり」


「じゃがいもも一口大なんですねえー」


「そうだな、基本的にはカレーと同じだよ」


 カレーと言えば、春に貧民街で作ったな。

 エミリアを初めて見直したのは、あの時だったか。

 ひたすら回復呪文かけていて、偉いなと感心したんだ。

 ずいぶん昔のことのようだが、たった半年前のことだ。

 しみじみと思い出すほど昔のことじゃないよな。

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