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132.勝利の代償を考える

「やれやれ」


 ポツリと呟く。

 ヤオロズの話を聞いた後、自然と呟いていた。

 そうでもしないと、感情を処理出来なかった。


 "それほど長い期間では無いとは思うけどね"


 "それは希望的な観測かい? それとも現実的な見通しかい?"


 "半々かな。私の世界の神々も、決めかねているらしくてね"


 俺の目にはヤオロズの姿は見えない。

 だが、渋い顔が目に浮かぶようだった。

「やれやれだな、まったく」ともう一度呟く。

 開け放した窓から、外を見た。

 夜風を頬に感じる。

 この季節だと、南国といえども肌寒い。


 "しばらくは地球の食材はもらえない、か。その程度で済んで、幸運なのかもしれないな"


 "考え方によってはね。こちらの世界への出入り禁止もあり得たし"


 "そうだな"


 ポツポツと言葉を重ねた。

 ヤオロズに課された罰は、しごく単純だ。

 地球の食材の持ち込みを、当面禁止されてしまった。

 武器の持ち込みは、やはり規則に触れたのだろう。

 俺を助けるためとはいえ、やり過ぎってことだ。

 聞いた瞬間、複雑な気持ちにはなったね。

 罰そのものも痛い。

 けど、それ以上にヤオロズに悪いと思ったからさ。


 "なんつーか、すまん。迷惑かけたな"


 "ん、ああ、うん。こっぴどく怒られたけど、それはいいよ。私も覚悟の上だったしね"


 "神様同士でも罰則とかあるんだな"


 "あるある。ルール違反したら、注意されるし。酷い場合には、処刑神が出てきたりもする"


 "怖っ!?"


 中々世知辛い。

 神様も大変なんだな、おい。

 とはいえ、それは置いておこう。

 直面している問題のことを、まずは考えるとするか。

 窓辺に座り、じっと外を見てみる。

 夜の庭園には篝火が燃え、木々を照らし出していた。

 綺麗な景色ではあるが、いい考えなど浮かばない。

 食材の供給が途絶えるなら、あるものでどうにかするしかない。

 問題がシンプル過ぎて、考えるも何も無かった。


 "エミリアさんには悪いことしたね。彼女、がっかりするだろうなあ"


 "それが悩みの種だな"


 "あ、やっぱり?"


 ヤオロズに言われるまでもない。

 同居を初めて以来、エミリアの食生活は大幅に変わった。

 日本食が食べられないと聞けば、落ち込むだろう。

 米や醤油などのストックは多少あるが、それも限りがある。


 "あるものでどうにかするよ。あのままベヒモスに殺されてた方がまし、とは言えないだろうしね。それに、永遠にって訳じゃないんだろ"


 "希望的観測だけどね。しばらく大人しくしておくよ。私もこちらに遊びに来るのは、楽しいからさ"


 "分かった、ありがとう"


 通信を切り、ベッドに寝転がる。

 命が助かったことを思えば、ラッキーと言うべきか。

 ううん、でもなあ。

 俺には料理しか趣味が無い。

 それを考慮すれば、やはり痛い。

 右手を伸ばす。

 右人差し指を伸ばし、引き金を引く真似をしてみた。

 そうか。

 あのグレネードランチャーの代償が、食材提供中止か。


 まあいいや。

 過ぎたことだし、なるようになるだろう。

 明るくいこう、明るく。

 収納空間を細く開き、中を確認してみた。

 不可思議な空間の中に、でかい肉塊が浮かんでいる。

 防腐処理を施したベヒモスの肉だ。

 そうだよな、あのベヒモスを手に入れたんだ。

 時間はかかるけど、あの料理試してみるかな。



† † †



 コーラント王国の人々に見送られ、俺達は帰国した。

 行きと同じように、転移呪文をかけてもらった。

 おかげであっと言う間だ。

 来た時と帰る時で、人数は変わらない。

 この事実に改めてホッとした。

 棺桶引きずって帰国とか、洒落にならない。


「ただいまー」


「おかえりなさい、クリス様、エミリア様、ライアル様、ローロルン様。本当にお疲れ様でした」


「エミリア様っ……! 本当にっ、本当にっ、この度はっ……! モニカは嬉しゅうございますっ!」


「あれ、二人とも待っていてくれたんだ」


 素直に嬉しかった。

 ゼリックさんとモニカの姿を認める。

 魔法陣を踏み越えながら、笑顔を見せた。 

 元気だよと言うより、この方が効果的だからな。


「帰国の連絡がコーラントからありましたから。うん、何はともあれ、元気そうで何よりです」


「わざとゼリックさんと私だけにしてもらったのです。お出迎えが仰々しいのも、疲れるかと思いまして。お荷物お持ちしましょうか?」


「そういうことか。いや、自分で持つからいい。エミリアさんは」


 俺の言葉は、途中で止まった。

 エミリアが割り込んできたからだ。

 その顔は安堵に満ちている。


「モニカ、ただいまなのですー。いやー、ダメですねー。もっとキリッとしようと思っても、力が抜けちゃいましたよー。よその国って疲れますねえー」


「見事なまでに脱力してるね」


「とてもベヒモスと戦ったとは思えぬな」


 ライアルとローロルンが突っ込む。

 それでもエミリアは「いやー、何だか安心しちゃってー」と言うだけだ。

 見た目からは分からなかったが、これでも気を使っていたのだろう。

 今日はもう何も出来そうも無いな。


「ゼリックさん、この後の予定は? あったら、エミリアさんはキャンセルで。結構疲れてるみたいだからな」


「そうですね、その方が良さそうだ。陛下へのお目通りと、帰国の挨拶がありますな。クリス様だけ出てもらっていいですか? 実質的な報告は、明日に回しましょう」


「その方がいいかな。というわけで、ここで一旦解散だ。モニカさんはエミリアさんを連れて帰ってくれ。ライアルとローロルンはどうする?」


「クリスに同行するよ。一人で行かせるのも悪いしね」


「妾は遠慮しておくぞ。王族との会見は、えらく時間がかかるからのう。面倒は嫌いじゃ」


「こういう時の対応って、性格出るよな」


「嫌なものは嫌なんじゃよ。素直な性格と言ってくれんかの」


 そう答えてから、ローロルンは背を向けた。

 エミリアの荷物を持っている辺り、ただの照れ隠しなのかもしれない。

「じゃあ、また後でな」と声をかけ、俺は国王の間へと向かう。

 その足を止めさせたのは、エミリアの一言だった。


「クリス様ー、一つだけお願いがあるのですけれどー」


「何だい?」


 振り向く。

 少しだけためらってから、エミリアは口を開いた。

 はにかむような笑みは、彼女には珍しい。


「ええとですねえ。クリス様のお味噌汁が飲みたいんですよー。あ、戻ったばかりでお疲れ様なので、無理は言わないですがー」


「何だ、そんなことか。いいよ、戻ったら作ってやる。大人しく待ってな」


「やったー! やっと元の食生活に戻れるー!」


 味噌汁くらいでそんなに元気になれるとは。

 ピョンと一つ飛び跳ねる。

 それから、ゼリックさんらと共に廊下を歩いていった。

「単純で羨ましいな」と笑いつつ、俺はエミリアを見送った。


「いやあ、本当に愛されてるね」


「俺じゃなくて料理がな」


 茶化すライアルをたしなめた。

 うーん、だけどなあ。

 その料理も、材料が無くなる危機なんだよな。

 さて、どう告げたものか。

 小さくて大きな悩みを抱えたまま、俺は白亜の廊下を歩き続けた。

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